"Black Lives Matter"どう日本語に訳すかという本質的な問い

そこから見えることがたくさんある
矢口 祐人 プロフィール

「も」を使う翻訳は、Black Lives Matterを、「黒人の命も、白人の命と等しく大事である」と主張する運動だと解釈している。人種に関係なく、命は等しく大切だという姿勢だ。白人だけが得する社会は当然ながらよくない。だから黒人「も」大切に扱われなければならない。その論理は極めて「正しい」感じがするし、翻訳者が「も」を使いたくなる気持ちはわからなくはない。

ところが上述したように、Black, Lives, Matterのそれぞれの意味を考えてみると、Black Lives Matterが要求しているのはBlack Livesを他のLivesと同等に扱うべきという要求ではないことがわかる。黒人を白人と同等にせよという運動では決してない。むしろBlack LivesをMatterさせようとしない、アメリカ社会の構造的排除と差別に対する挑戦なのである。

〔PHOTO〕Gettyimages
 

実はBlack Lives Matterに反対する保守派の多くは、All Lives Matterという表現を好む。大事なのは黒人だけではなく、全員(All)であるという主張だ。これが保守派のBlack Lives Matterへの反対になる理由は、黒人を既存の社会の多数の一部に落とし込むことで、アメリカ社会の構造そのものの変革に反対できるからである。

フロイド氏殺害は、あくまで一部の間違った警官が引き起こした問題に過ぎず、アメリカの社会全体の問題ではない。現状のなかで、多様な人種が仲良くしていけば良いという考えで、それは今の社会構造では平等な共存など不可能であると主張するBlack Lives Matterとは真逆の姿勢である。このような視点は、トランプ大統領が好むFox Newsなどの保守派メディアで盛んに繰り返されている。

NHKや朝日新聞が「黒人の命も大事」と訳すのは、実はそのような保守派の意見を代弁する行為である。私には翻訳者の意図を知る由もないが、「リベラル」とされる朝日新聞が「も」を用い、「保守」とされる読売や産経新聞が「は」を使っているのは興味深い。