"Black Lives Matter"どう日本語に訳すかという本質的な問い

そこから見えることがたくさんある
矢口 祐人 プロフィール

"Lives"が持つ複数の意味

【Lives】

今回の運動はジョージ・フロイド氏の殺害が契機となったわけだから、Livesを「命」と訳すのは間違いではない。

Black Lives Matterはアメリカの制度的人種主義(systemic racism)を批判していると言われる。「自由」「平等」「幸福の追求」を謳って独立したアメリカ社会の構造は、実際には白人を優遇し、黒人を排除することで成立しているという主張だ。つまり、今回の事件は白人警官の個人的な偏見から生まれたものに帰すべきではない。ひとりの「悪い個人」ではなく、社会全体の問題なのだ。だから黒人をひどく扱う悪い警官を逮捕し、罰すれば事が済むわけではない。アメリカ社会に通底する白人中心主義を改める必要があるという批判だ。

したがって、Livesには「命」だけではなく、黒人の「生活」というニュアンスがあるとも考えるべきだろう。

Black Lives Matterはアメリカに住む黒人の生活が充実したものになるよう、社会を根底から改革しなければならないという意味でもある。黒人の居住地域は概して貧困率が高い。刑務所に入れられている黒人男性の数は圧倒的に多い。黒人の教育機会や就労機会は白人などと比べて非常に限られている。Black Lives Matterは黒人が生きるうえで直面するさまざまな生活の問題を、アメリカに住む誰もが自分のこととして考えて、社会全体を改革すべきという主張だ。

〔PHOTO〕iStock
 

同時にそれは黒人の生活と文化を価値あるものとして認識せよという声でもある。黒人コミュニティは、長い歴史のなかで独特な生活文化を築いてきた。言語、家族形態、料理、信仰など、アメリカの白人が作り上げる「主流社会」の規範とは異なるものが多い。

だから黒人として社会的に成功するには、自らの生活文化を隠し、白人と同じような話し方をして、同じようなライフスタイルを送ることが求められてしまう。Black Lives Matterはそうではなく、黒人の生活文化を等しく大切なものとして認め、これまでとは異なる価値観に基づくアメリカ社会を構築することを求めている。