物理的にありえない…江川卓が「本物の怪物」になった1981年の記憶

それでも沢村賞は獲れなかった
週刊現代 プロフィール

「対策は簡単で、ストレートかカーブしかないんだから、『高めのストレートに振り負けない』というだけのこと。ただ、わかっていてもバットがボールに当たらんのよ。タイミングがバッチリと思っても、なぜだか彼が放る球の下を振ってしまう。

物理的にはあり得ないとわかっていても、『アイツのボールはホップしてきよる』って、みんなが口を揃えとったわ」(岡田)

強烈なスピンがかかっているために、初速(リリース時の速度)と終速(打者の手元での速度)の差が少なく、打者の目はまるで、江川のボールが浮き上がってきているかのような錯覚に陥る。

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前出の吉田は、「あのスピンをかける指先こそ、江川の天性のものだった」と語る。

「本人は『指でボールを滑らせるんです』と言っていました。力ではなく、滑らせることで回転をかけるのだ、と。だから、江川の人差し指と中指には、投手につきもののマメがまったくできていなかった。マメができやすくツメも割れていた西本とは対照的だった」

 

このストレートともうひとつ、江川のピッチングを特徴づけていたのが、「ギアチェンジ」だった。広島の内野手だった木下富雄が言う。

「江川は本当にクレバーというか、計算して投げていた。ランナーがおらず『単打くらいなら構わない』という場面では、軽くひょいと投げて、打たせて取ろうとする。

ところが、三塁走者がいて、『外野にフライを打たれたら1点取られてしまう』という場面では、一気にギアを入れて、バットに当たらないような凄まじい球を放ってくる。そういうときの江川は、スピードガンの表示が140kmくらいでも、驚くほど速く感じました」