物理的にありえない…江川卓が「本物の怪物」になった1981年の記憶

それでも沢村賞は獲れなかった
週刊現代 プロフィール

「あれ、こんなもんなのか」

19年にわたり巨人の捕手として活躍した吉田孝司は、入団してきたばかりの江川のボールを受け、拍子抜けしたという。

無理もない。「空白の一日」は「江川にとって空白の一年」を意味した。まるまる1年、実戦からは遠ざかっていたのだ。

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「もちろん、球のキレには光るものがあったんだけど、スピードは並。1年のブランクは相当大きいんだなと感じました。状態は公式戦に入っても変わらず、初登板の阪神戦では、3番のラインバックにポーンと3ランを打たれて、敗戦投手になった。広島と対戦したときなんか、山本浩二から『おいヨシ、江川ってこの程度なのか?』と聞かれたのを覚えています」

'79年の成績は9勝10敗。1年目ということを考えれば上出来だが、野球協約の抜け穴の利用を画策するまでして、巨人が獲得した新人ということを考えれば、物足りない数字だろう。

本物の怪物になった

そんな「眠れる怪物」が覚醒する契機は、この年の秋に訪れる。10月末、長嶋茂雄監督がぶち上げた「地獄の伊東キャンプ」だ。

 

5位に沈んだチームを叩き直すため、長嶋は当時としては異例の秋季キャンプ開催を決め、4週間で将来有望な若手たちを徹底的に追い込んだ。

投手は午前中にひたすら投げ込みをし、午後の筋トレは、腹筋1000回という時もあった。メニューの過酷さに加え、江川を練習に没頭させるきっかけを作ったのが、ライバルとなる西本聖の存在だった。