人は10代の時に聴いた音楽を一生聴き続ける──そんな話を聞いたことがある。僕も自分がゲイだということに気づき始めた10代の頃に出会い、それから30代の今に至るまで、ずっと聴き続けている一人の歌手がいる。浜崎あゆみだ。
00年代前半に高校生だった僕にとって、世界の絶望を一人で全て背負っているかのような自意識と孤独に寄り添ってくれたのは、彼女の歌だった。

〔PHOTO〕浜崎あゆみ「A COMPLETE 〜ALL SINGLES〜」より

あなたは「浜崎あゆみ」という名を聞いて、どんな言葉を連想するだろうか。「元祖・女子高生のカリスマ」「avexの歌姫」──00年代から聴き続けている人にとっては、そんな言葉を思い浮かべるのではないだろうか。僕よりもっと若い世代の人、あるいは、現在話題になっているドラマ『M 愛すべき人がいて』やネット記事でしかその名を見ない人にとっては、「ゴシップの女王」または「炎上芸能人」といったイメージが強いかもしれない。

でも、「浜崎あゆみは女性の強さについて歌う人」だと言ったら、一体どれだけの人が納得してくれるだろうか。今回、歌姫でもゴシップの女王でもなく、「フェミニスト・浜崎あゆみ」という、これまであまり語られてこなかったであろう一面から彼女を見ていきたい。

「根源的な孤独」を歌った90年代

浜崎あゆみが歌手デビューしたのは1998年。当時20歳だった彼女が同世代の代弁者として支持を集めたのは、この曲の存在が大きいのではないか。1999年に発売されたファーストアルバムの収録曲、「A Song for ××」だ。

居場所がなかった 見つからなかった
未来には期待できるのか分からずに

(「A Song for ××」より)

居場所の不在やアイデンティティの揺らぎ、そして漠然とした孤独。こうした10代、20代の若者の心を代弁するかのような歌詞を自身が綴ることにより、彼女は若者から爆発的な人気を得ていく。

彼女の綴る孤独は、恋愛の悲喜こもごもに留まらない。取り繕った顔の下にある本当の自分や、たとえ大切な人がいても救われることのない寂しさ、といった、人間の根源的な孤独を彼女は歌にしていた。

そういったラブソングというより“ライフソング”とも呼ぶべき歌の数々は、同世代の女性のみならず、僕のような人間にも光を照らしてくれた。彼女がゲイコミュニティから人気を得たのも、一つはこの根源的な孤独という部分にあるのではないかと思っている。
本人が望んだかどうかは別として、彼女がこうした代弁者的ポジションによって人気の基盤を築いていったのは確かだろう。

だが2000年以降になると、彼女の歌詞に変化が起きる。