高校2年生になり進路で悩んでいた時に手にした、司馬遼太郎の『竜馬がゆく』に影響を受け、幕末の志士のように日本の国のリーダーになって社会を変えたいなと思い、就職ではなく大学をめざしました。幕末期、決して地位や財産のある人ではなく、下層武士で貧しくても裸一貫で京や江戸、他藩に出て修行し、見聞を広めた若者たちが日本社会を変えたという歴史的事実に触発されたからです。

私も生活のためだけに働くのではなく、夢をもってワクワクするような未来を描きたい、もっとたくさんのことを学び成長したい。そんな気持ちを大学進学に託し、勉強時間を確保するためにアルバイトをやめて、少しだけ残っていたアルバイト代、それから貸与型の奨学金をもらい一念発起して本格的な受験勉強を始めました。

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お金がないので塾に通うことも、家庭教師を利用することもできませんでした。一日中勉強し独学でなんとか大学に合格しましたが、大学に入ってからも貧困との闘いは続きました。

大学時代に親からの仕送りは一切ありませんでした。大学時代は妹がいる実家に貸与型奨学金を使って仕送りをしていました。大学の授業料は減免制度を利用して4年間全額免除を受け、民間財団からの給付型奨学金を月3万円、貸与型奨学金を日本学生支援機構から月4万7000円、地元の大分市から月3万円借りていました。

私の場合は、これらの奨学金に加えて、いくつかのアルバイトを時期によってペースを変えながら行い、学費と生活費を全てまかなっていました。それでも、大学入学料は免除申請が通らず支払えない期間が大学1年生の1学期まで続き、大学から督促を受けていました。奨学金は月単位で振り込まれるので、まとまったお金を工面することができなかったのです。

入学料滞納に対する大学からの督促に利子がつき始めたときには、「もう、退学せざるをえないのかな…」という不安にさいなまれました。

滞納していた入学料は、1学期が終わった夏休みの間の40日間、毎日山崎製パンの工場で夜勤のバイトを行ってまとまったお金をつくって支払いました。入学金のまとまったお金を用意することが目的ですが、現場やそこで働く方々、労働環境など社会を知る、学びの「特別授業」の場としても取り組みました。