12歳で母親が他界、15歳からは父親も家にいない家庭で極貧生活を送っていたという本山勝寛さん。大学進学を決めて合格したものの、入学金が払えずに働きづめの毎日を送っていました。そんな極貧生活でも学業をあきらめずに続けられてたひとつの支えは「奨学金」でした。現在、奨学金に関してはネガティブな情報ばかりが取り沙汰されていますが、一方で奨学金制度は変化もしており、うまく利用すれば、学業を続けられる希望の「光」にもなるといいます。これまでの経験とともに、2020年度から新しく変わった奨学金制度について綴ってもらいました。

貧困の連鎖から抜け出す難しさ

これまでFRaUでは5人の子どもの父親として子育ての話をしてきましたが、今日はコロナ禍で注目を集める奨学金制度について、私自身の経験も踏まえて考えていきたいと思います。

小中高校ではコロナ休校が解除され、大学や専門学校ではオンラインでの授業が実施されたり、一部キャンパスでの授業も再開されたところもあるかと思いますが、すべての学生がオンライン授業を受けられる万全の態勢にあるわけではありません。

学費を納めるのもやっとな経済状況では、家に十分なネット環境がなく、大学や専門学校からの学生に対するサポート体制も薄いために困っている方もいらっしゃいます。


私は現在、日本財団で生活困窮家庭の子どもたちをサポートする仕事に従事していますが、周りから何らかの支えがなかったとき、直面する様々なハンデと困難によって貧困の連鎖から抜け出すことは容易ではないということを実感しています。

子ども時代に家庭や周囲からのサポートがなく、勉強や人間関係づくりが満足にできずに育つ過程で、たとえば学校に馴染めずに不登校になったり、お金がなくて大学進学をあきらめざるを得なかったり、アルバイトで身体を壊してしまったり。

そんな困難に直面し、大人になったとき、結果的に正規の職に就けなかったり、孤立化してしまったりするなど、同じような貧困の状況に陥らざるを得ないことが多いのです。

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なぜここまで言えるかというと、実は私自身も極貧家庭で育ったからです。12歳で母が他界、15歳からは両親が家にいない状態で育ってきました。家計を支えるために高校時代も野球部を途中で退部して、毎日うどん屋で皿洗いやウェイターのバイトをしていました。校則でアルバイトは禁止されていたので、違反して先生に内緒でやっていると、なんだか悪いことをしているようで複雑な気持ちでした。