「大変」を喜びに変える

5月1日のメーデー、フランスは祭日になる。その前の週、ジュリーから新居を見がてら、庭に群生しているすずらんの花を採りにくればと誘われた。いつもなん人かが働いていると聞いていたので私は、12パートに切れる焼きたてのキッシュとタルトを車に積んで、いさんでパリを出た。セーヌ川の左岸沿いに続く道をひた走り、廃墟になっているルノー・ビヤンクールの工場跡地を過ぎてさらにいくと、目指すムードンの町になる。

メーデーのその日は、だれでもどこででもすずらんの花を売っていいことになっている。すずらんの花はメーデーのシンボルにはちがいないが、それよりもこの日になれば冬に逆戻りするような寒さもなくなり、春になったというあかしなのである。県道沿いに板を置いただけの、にわか屋台にならんだすずらんのブーケを眺めながら、ジュリーとアントワーヌの新居の門をくぐり、車を止めた。車のエンジン音でわかったらしく、工事現場のような建物の窓からジュリーが顔を出した。シンナーのにおいが充満する、埃まみれのテーブルで、私が持参したキッシュとタルトでお茶にするとジュリーがいった。そして大きな声で彼女は全員を呼んだ、休憩時間ですよと。

すずらんはメーデーのシンボル Photo by iStock

集まってきたスチュワードたちが、口々にいっていた。
「こんなにキレイに仕上がった、すごいよね」
「アー、素晴らしい、プロよりも上手だ。これならペンキ屋になれるぞ」
「暖房器具もうまくついたよ。配管工に転職したら、現金収入の分は税金を払わなくていいからね」

一同が笑った。そしてジュリーがいった。
「本当だ、どこも新品で気持ちいいわね」
埃にまみれてジュリーが運んできたコーヒーを飲みながら、私一人が不思議な気持ちになっていた。「大変だ」の言葉をだれ一人としていわないのはなぜかしらと。
キレイにリニューアルされるのを目前にした労働に、だれ一人として苦情をこぼさないのだ。

ちなみにこの数年後、ジュリーとアントワーヌは件の一軒家を高く売って、より大きな戸建てに買い換えた。

そしてそのときもまた、仲間を収集して自らリフォームしたのである。

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お金がなくても平気なフランス人、お金がなくても不安な日本人』日本が大好きだから、そしてフランスも大好きだから、そのいい所を思う存分真似したら、もっと幸せになるんじゃない? 底抜けに明るく優しく、かつ鋭い視点をもつ吉村葉子さんが20年間のフランス生活を振り返ってまとめたエッセイ集。考え方ひとつで不幸だと思っていたことも幸せになるし、人生は楽しくなる! その中から厳選したエッセイを特別に今後も限定公開予定。お楽しみに!