SPEED、DA PUMP…平成の音楽界に「沖縄の強い風」が吹いた本当の理由

二人のヒットメーカー【最終回】
田崎 健太 プロフィール

沖縄からの新たな挑戦

疎遠になっていた二人の距離が急速に縮まったのは、一昨年のことだ。きっかけは、本稿でも再三引用してきたマキノの著書『沖縄と歌姫』だった。平が言う。

「あの本を読んで、ちょっと気になったんです。それで、何か自分にやれることがあればっていう話を(周囲には)していたんです。そんなとき、沖縄のうちの仕事を手伝っている人間のところにマキノさんから連絡があった。ぴったり二十年ぶりです」

平が気になったのは、『沖縄と歌姫』の最終章「ラストチャンス」に、〈沖縄から世界を狙える歌姫〉とマキノが期待する三浦桔梗を中心とした、四人のグループを育てていると書かれてあったことだろう。

 

三浦のことを訊ねると、マキノは「バイリンガルでハーフの子を見つけたんです」と言葉に熱を込めた。

「お母さんがイギリス人。英語しか分からない。これは(野球選手の)大谷(翔平)みたいなもので、世界で勝負が出来る。そんな風に思ったのは初めてです。ただ、ぼくが困ったのは、自分は育てられるけれど、売る力はない。ぼくは平さんと離れた後、そのことに気づいた。そんなとき、平さんから次世代のスタープロジェクトを一緒にやりたいという話があった。その過程で(三浦が所属するグループ)『Precious』の話になった」

そして二人は再び手を結ぶことになったのだ。

「才能」という残酷な尺度

七九歳のマキノは、沖縄県宜野湾市の米軍キャンプに近い、自宅兼スタジオに住んでいる。朝六時ごろ起きると、まず家の中を歩き回る。

「自分の関節を全部使って歩くんです。左の関節を伸ばしながら右に行く。今度は右を伸ばすと左足が出て来る。その間に直線になる瞬間がある。普段からそんなことを意識しているんです。毎朝三千歩、二五分ぐらい、ぐるぐる(スタジオ内を)回って、二階に登ったり。そのときは何も考えない。

食事は一日二食。朝はヨーグルトと食物繊維の入った奴を入れて食べる。食に拘りはないです。ただ食べ過ぎないこと。絶対に満腹にはしない。あとは、自由(時間)。いつも仕事のことを考えている。だってそれが一番好きなことだから。もう酒もいらない、旅行にも行きたくない」

マキノがひたすら見つめてきたのは、「才能」である。必要とあれば、それ以外の全てを切り捨てることも躊躇しない。

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