また感染隠し? 中国東北部の被害が公表より大規模で地方幹部更迭

ここでも武漢肺炎ガバナンスの問題露呈
北村 豊 プロフィール

ミニ武漢となった綏芬河

そうしたロシアからの帰国者や綏芬河市民の武漢肺炎患者を収容するために建設されたのが上述の600人収容可能な仮設病院であった。

4月5日夕方6時に牡丹江市に所在する紅旗医院所属の医療スタッフ34人から成る支援チームが先遣隊として綏芬河市人民医院に到着したのを皮切りに、翌6日までには牡丹江市の各医院から派遣された総勢120人余りの医療スタッフが集結を終えて、上述の600人収容可能な仮設病院に配置されたのだった。

4月7日に綏芬河検査場が閉鎖されるまでに、ロシアから帰国した中国国民は、入国時点で武漢肺炎に感染しているか否かの検査を受けさせられ、陽性の判定を受ければ医院に強制収容されたし、陰性者は14日間の隔離を命じられた。

しかし、これらのロシアから帰国した人々は綏芬河市の住民に武漢肺炎を感染させただけでなく、彼らの出身地である東北3省(黒龍江省、吉林省、遼寧省)やその他の地域(広東省、浙江省、山東省など)にも感染を広げたものと考えられる。

綏芬河市の「新冠肺炎(武漢肺炎)対策予防指導部」は4月7日に通知を発表して、武漢肺炎の拡散とロシアからの流入を予防するため、4月8日午前6時から綏芬河市内にある「小区(住宅団地)」を全て封鎖して管理を厳格化すると発表した。

「小区」の住民は当日中に帰宅することを条件に、3日毎に各戸の住民1人が生活必需品の購入に外出することは許可されたが、「小区」の出入りには通行証の登録、居民証(住民身分証)番号の読み込み、検温、マスクの装着が必須で、専門の係員による厳格な管理が実施された。

武漢肺炎の発症地となった湖北省の武漢市は市内で蔓延する武漢肺炎を抑制するべく1月23日から「封城(都市封鎖)」を行い、武漢市の出入りを禁じていたが、76日目の4月8日に都市封鎖を解除した。

 

皮肉な事に、4月8日に都市封鎖を解除した武漢市から2600キロメートル離れた辺境の小都市である綏芬河市が、武漢市の都市封鎖を引き継ぐかのように同日の4月8日から市内「小区」の封鎖を開始したのだった。こうして綏芬河市は武漢市に代わって武漢肺炎で注目されるようになったのであった。