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習近平の罠か…香港問題の声明「日本参加せず」の裏で起きていること

「弱腰外交」と言われているが…

日本の「不参加」への強い違和感

編集部から先週、香港情勢について寄稿してほしいとの依頼を受け、少しずつ筆を進めていた。しかしながら、いま読者のみなさまが目にしておられるのは、筆者が当初予定していたのとは全く違うエディションの原稿である。

なぜならば、担当編集者からメールを受け取ってから、香港を巡るある大きな「ニュース」が飛び込んで来たので、それについてどうしても書く必要が生じたからだ。

米国、英国、カナダ、豪州は5月28日、共同声明を発出。同日に中国が全国人民代表大会で導入方針を採択した国家安全法について、強い懸念を示した。国家安全法によって、香港の繁栄の基盤となっている一国二制度や高度の自治が完全に終わりを告げるのではないかという懸念だ。だが共同通信の報道(6月7日)によれば、日本はこの共同声明に意識的に加わらなかったというのだ。

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この記事を目にした際に筆者は、国際政治を専門とする者として、そして何より外務省の職員としてかつて日本外交の現場にいた者として違和感を覚えた。今回の声明の中では自由や権利といった普遍的な価値観が謳われており、それは我が国も大いに共有するところだ。またそれにとどまらず、あとで述べるように英中共同声明(1984年)の重要性も、日本は重々承知しているからである。

前出の共同通信の記事では、対中関係、あるいは事実上の無期延期状態にある習近平国家主席の国賓訪問に配慮して日本が声明に参加しなかったという読み解きがなされている。一見するとわかりやすく、それらしい解釈だが、ことはそれほど簡単ではない