WHOと国際政治、健康の定義、箸の上げ下ろしの厄介な関係

戦後の「健康」の歴史とともに
大脇 幸志郎 プロフィール

2003年には38ヵ条から成る『たばこ規制についてのWHO枠組条約』を制定した。その第13条には「加盟者は、広告、販売促進、資金提供の包括的な禁止がタバコ製品の消費量を減らすであろうことを認識する」とあり、これを実践するためのガイドラインが2008年に採択された。

ガイドラインには「タバコ製品や喫煙やタバコのイメージを描写するエンターテインメント・メディア作品には必ず最初に、指定された反タバコ広告を表示するよう求めること」などと書いてある。映画とかゲームに喫煙シーンが出てくるなら最初に「この作品には喫煙の描写が含まれています。タバコはあなたの健康を害します」とかなんとかテロップを出さなければいけないという意味のようだ。

韓国の地下鉄に掲示された反タバコのイラスト(2005年撮影) Photo by Getty Images

また若い人にはメディアの影響が強いだろうという考えから、「年少者のアクセスを制限する成人指定を求めること」が実践例として示されている。

WHOはこのガイドラインを補強するためのデータを集めて2009年に「煙のない映画」と題する報告書を公表したうえ、2011年に第2版、2015年に第3版と更新を重ねている。

たしかに喫煙は健康に大きな害がある。若い人に喫煙を勧めないのも良識だろう。だが、『風立ちぬ』もR18指定するべきだろうか。

そこまで強硬に出るからには、実績があるのだろうか。ある研究は、「全世界がタバコの消費量を減らすように進んできたことが、たばこ規制についてのWHO枠組条約によって加速したと示す証拠は見つからなかった」と言っている(図、出典はこちら

縦軸は全世界の1人あたり紙巻タバコ消費量。たばこ規制についてのWHO枠組条約が採択されたのが2003年で、図の黄色い点にあたる。紙巻タバコ消費量は1986年をピークに減り続けているが、減るペースは2003年の前後であまり変わらないように見える。これでも役に立っていたのだろうか。

なお、タバコが嫌いなWHOのトップは2017年7月以降、エチオピア出身のテドロス・アダノム・ゲブレイエススだが、テドロスがエチオピアの外務大臣だった2016年、エチオピア政府は国有タバコ専売公社の株式の40%をJTインターナショナルに売却し、5億1000万米ドルを受け取っている

裏付けの乏しい「ガイドライン」

さて、WHOはタバコだけ統制したがっているわけではない。

2019年4月にWHOは「5歳未満の子供の運動・座ったままの行動・睡眠についてのガイドライン」を公表した。

座ったままの行動というのはテレビやコンピュータの画面を見ていることなどを指す。このガイドラインは、1歳までの子供には画面を見せないこと、4歳までの子供には画面を見ている時間(スクリーンタイム)を1時間以内でできるだけ少なくするようにすることを勧めている。

その根拠として研究データを調査した結果が添えられているのだが、肥満度との関係についても、運動発達との関係についても、心理社会的影響についてもほとんどのエビデンスの質は「非常に低い」とされている。

「非常に低い」というのは、「効果推定値に対し、ほとんど確信がもてない。真の効果は、効果推定値とは大きく異なるものと考えられる(相原守夫『診療ガイドラインのためのGRADEシステム 第3版』」という意味だ。

つまり、子供が長時間テレビやコンピュータを見ていると「太る」というデータが一見出ていても、本当のところはよくわからないということだ。

このガイドラインは大勢の生活者の目に入って物議を醸した。たとえば女性向けニュースサイト「GLAMOUR」には「赤ちゃんは画面を見てはいけないという研究報告が出た、でも研究者は私が夕食を作っているあいだ子供の面倒を見てくれるのだろうか?」という副題の至極もっともなエッセイが載っている。