WHOと国際政治、健康の定義、箸の上げ下ろしの厄介な関係

戦後の「健康」の歴史とともに
大脇 幸志郎 プロフィール

天然痘を撲滅したことは誰も疑えない偉業だ。WHOは1958年に世界天然痘根絶決議を可決し、ワクチン事業によって1980年までに天然痘を撲滅した。

続いてポリオ(小児麻痺)の撲滅が目標になった。1988年に世界ポリオ撲滅計画が開始して以来、30年以上が過ぎても撲滅は達成されていないが、流行は激減した。野生のポリオウイルスによる患者数は1988年に推定35万人ほどいたが、2018年には33人が見つかっただけだった。

ポリオより先にオンコセルカ症(河川盲目症)の対策事業も始まっている。オンコセルカ症というのはアフリカ大陸などで流行している寄生虫による病気で、失明の原因になる。

1974年に、WHOなどの国際機関が共同でオンコセルカ症制御プログラムを始めた。オンコセルカ症にはイベルメクチンという薬がよく効く。イベルメクチン開発のもとになったのは北里大学特別栄誉教授の大村智の研究で、大村はこの業績に対して2015年にノーベル賞を受賞している。

しかしオンコセルカ症は現在も猛威を奮っている。2017年には推定で2000万人あまりの感染者がいた。

マラリア根絶プログラムは天然痘根絶決議よりもさらに前の1955年に始まったが、2018年にも2億人以上がマラリアに感染し、40万人以上がマラリアで死亡している
強調しておくが、WHOは一時、マラリアの根絶を目指していた。

DDT入り容器を背負ってガーナのシャーマンにマラリア対策を訴えるWHO関係者(1965年撮影) Photo by Getty Images

マラリアを媒介する蚊を減らすために、世界じゅうで大量の殺虫剤が散布されたのだが、たちまち薬剤耐性の蚊が現れ、野生動物などの生態系にも大きな影響が出た。その様子を描写したのがレイチェル・カーソンの『沈黙の春』だ。

よく使われていた殺虫剤のDDTは、害が大きいとしてしだいに使われなくなっていったのだが、2006年にはWHO世界マラリアプログラムディレクターの古知新(こち・あらた)が、家の中にDDTをまくことを勧めている

鍼治療は91種類に効く!?

感染症以外にも、WHOの事業は多岐にわたっている。巨大組織だから、すべてを統制するのは不可能だ。たまには変なこともする。

 

たとえば、2003年にWHOは鍼(はり)の効果を評価する報告書を公表した。その文書は、「鍼で治療可能な病気や異常」として91項目を挙げている。

そのうち「放射線療法または化学療法に対する有害反応」「アレルギー性鼻炎(花粉症を含む)」「うつ」「脳卒中」など28項目は「鍼が有効な治療だと証明されている」とされ、「肥満」「アヘン、コカイン、ヘロイン依存」「聾」「昏睡」などは効果がより不確かと評価されている。

WHOは翌2004年にも「伝統医療、補完医療、代替医療の適正使用についての情報の整備」というガイドラインを公表し、その中で「たとえば痛みを和らげる治療として人気がある鍼の有効性は数々の臨床試験と実験室の実験の両方から証明されている」という主張を繰り返している。

鍼がある種の痛みや不安を和らげる効果はたしかに多くの臨床試験から証明されているのだが、91種類の病気や異常に効いて昏睡からも目覚めるというのは、いくらなんでも大げさだ。

ちなみにこの少し前、1988年から1998年までWHOの事務局長は中嶋宏だったが、中嶋は2000年に国際宗教・超心理学会という団体のシンポジウムに登壇して、こんなことを言っている。

ヴェサリウス(Vesalius)が血管というものをみつけて、ある意味で血管が医学の一つの中心だったわけですね。それにクロード・ベルナール(一八一三-一八七八)が内分泌系というものをみつけたわけです。私は身体の第三の経は経絡だということで、実は北京の中医研究所の人びととこの間も話しをしてきました。(小田晋ほか『健康と霊性』、229ページ)

中嶋宏(1928-2013) Photo by Getty Images

中嶋が鍼の報告書を読んでどう思ったか、いまとなってはわからない。

タバコ株を持っていた「タバコ嫌い」

自分自身を統制できないWHOだが、他人を統制するのは大好きのようだ。