小池百合子氏「たった55日の防衛大臣」時代に起こした大混乱の真相

救世主として現れ、怪物として去った
半田 滋 プロフィール

当時、首都ワシントンで取材した特派員の一人は「ものすごい野心家だと思った。将来、首相になるには、米国のだれと会って自分を売り込めばよいのか、その視点で日程を組んでいた」と振り返る。

だが、帰国した小池氏に官邸も、自民党も冷ややかだった。守屋氏との問題を放り投げるようにして訪米し、米国の高官相手に存在感をアピールした。やりたい放題と見えたのだろう。8月27日の内閣改造で大臣ポストに小池氏の名前はなかった。

 

世界一心のこもっていないあいさつ

翌28日、防衛省で小池防衛相の離任式があった。小池氏は解任に抵抗した守屋氏について、「私の真意をくみ取り、防衛省・自衛隊のあるべき姿について、まさに叫びとして受け止めさせていただいた」と述べ、あてこすった。

対する守屋氏は「送別の辞」で、「本日をもって大臣が防衛省を離れられることは誠に寂しい限りですが、大臣の残された業績の上に立ち、新大臣の下、一丸となって職務に励む所存です。小池大臣のご活躍とご発展を祈念します」と淡々と語った。「世界一心のこもっていないあいさつ」として防衛省の語り種になっている。

守屋氏はこの3日後の8月31日に退官した。さらに3カ月後に、東京地検特捜部に収賄容疑で逮捕された。この逮捕を受けて、私は小池氏が捜査情報を察知して、安倍政権のマイナスにならないよう「現職次官の逮捕」ではなく、「元次官の逮捕」とするべく、先手を打ったのだとポジティブに考えていた。

しかし、『女帝』を読むと、このタイミングで守屋氏に引導を渡したのは、完全な権力闘争、さらに言えば小池氏の権力誇示であったことがわかる。

関連記事