小池百合子氏「たった55日の防衛大臣」時代に起こした大混乱の真相

救世主として現れ、怪物として去った
半田 滋 プロフィール

防衛省の記者会見は、防衛相と陸・海・空・統合各幕僚長の5人による定例会見が日替わりで行われる。小池氏の指示で5種類のスクリーンが用意され、毎回、それぞれの会見に合わせて掲示されることになった。もっとも、防衛相用のスクリーンはその後世界地図ではなく、「防衛省」の文字とシンボルマークになったが…。これらのスクリーン掲示は、現在の会見でも続いている。

これを功績と呼ぶなら、小池氏が残した功績のひとつには違いない。大食堂の割り箸を使い回しができる箸にしたことや、大臣専用車をハイブリッド車に替えたことなどの小さな功績は、片手だけで数え上げることができる。

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「防衛省の天皇」を排除した

小池氏が引き起こした最大の “事件” は、「防衛省の天皇」と呼ばれた守屋武昌事務次官に退官を申し付けたことだろう。これに反発した守屋氏による「小池vs守屋」の対決は、官邸や自民党を巻き込んだ大騒ぎに発展する。

2007年8月6日、東京湾に浮かぶ海上自衛隊特務艇「はしだて」で小池防衛相が主催する洋上懇談会が開かれた。局長以上の防衛官僚や陸海空統合各幕僚長らが出席する、記者との意見交換会だ。

晴海埠頭を出港し、レインボーブリッジをくぐったところで引き返す1時間半のクルーズは、相手に逃げ場がなく、記者にとっては絶好の取材機会でもあった。

ところが、時間になったのに「はしだて」は出港しない。自衛隊幹部は「大臣待ち」と言って、埠頭に止まっていた大臣専用車を指さした。車内の小池氏は携帯電話を握り、厳しい表情で話し込んでいる。結局、大幅に遅れて「はしだて」は出港した。

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