距離が近くなったメリット

もちろん正当な批判は大事なことだ。それは当然のことである。誹謗中傷が良くないことも、当然である。しかしこの線引きはつねに曖昧だから、「自分の批判は正当だが、あいつの言ってるのは誹謗中傷だ」と自分の都合よく線引きする人が必ず現れてくる。だから「批判と誹謗中傷の線引きに気をつけよう」という呼びかけは、つねに届かない。

そうであるのなら、正当な批判と誹謗中傷の線引きで議論するのではなく、「相手へのその言葉は、その言説の正当性に関わらず相手への弾幕になってしまっていないか?」ということをつねに自問したほうがいい。もちろん集中的な意見が必要な場合もある(それで政治が動くこともあるからだ)が、政治の議論で個人に矢を集中させる必要はない。

一方でネットによって公衆距離が社会距離になったことによって、たくさんのメリットもあった。コロナ禍でも、感染症専門医の先生方の情報や見解を、ごく身近に聞くことができて、多くの人が感染症について詳しく学ぶことができた。ソーシャルメディアだからこその親しい口調ややり取りは、大教室で学ぶよりもすっと頭に染み通りやすかった。まるで小さな研究室でゼミの先生の教えを受けているように、数万人、数十万人の人たちが専門家の言葉を聴くことができたのである。これは社会距離の近さだけど数の限界がない、というネット空間の特徴を逆にメリットとして活用できたということだ。

新型コロナでも専門家のリアルな声を直に聞くことができた。素晴らしいことだ Photo by iStock

私たちが専門家の集団と身近につながれるようになったことは実に素晴らしいことだし、だから私たちはコロナ禍でもテレビや新聞の怪しい感染症情報に惑わされず、確かな知識を得ることができたのだ。

社会距離に人々を近づけれるけれども、数の限界はないというソーシャルメディアの特質。これをプラスに使うのかマイナスに使うのかは、まさに私たち次第である。テクノロジーはたいていの場合、後戻りはしない。農業の発明も産業革命も、反対し抵抗する人はいただろうが、人類全体が狩猟採集時代に戻ることはなかったし、電気や内燃機関を使わない手工業社会に戻ることもなかった。インターネットも同じである。もはや「ネット以前」に戻ることがないのであれば、私たちはこの恐ろしいツールをうまく手なづけ、社会を良くするために使っていくしかないのだと思う。

携帯、スマホ、SNSがない頃には戻れない。素晴らしい力のあるものを、良い形で利用するのか、マイナスなものとしてしまうのか。それは私たちひとりひとりの使い方次第だ Photo by iStock