悪口はエンターテインメント

たしかに悪口を言うという行為は、昔から楽しいエンターテインメントだったのは事実である。特に相手がタレントや政治家などの著名人だと、より気軽に悪口を言うことができる。なぜなら相手は有名で多くの人に注目されている人で、特に有名でもない一庶民の悪口などにいちいち反応してくるはずないからだ。安心して遠くから矢を放つことができる。

インターネットがまだ普及していなかった前世紀、居酒屋にはテレビを観ながら「コイツはだめだー」「この政治家は本当馬鹿だ」と言ってる酔っぱらいのおじさんはたくさんいた。自宅の居間でも、テレビに映ってるタレントに悪口を言ってる人は多かっただろう。そして今でもそういう人は普通にいるが、そのツールはテレビではなくツイッターやインスタグラムなどのソーシャルメディアに変わった。

テレビを見て、距離を近く感じる。しかしそれまでは近く感じた「声」が届くことは難しかった Photo by iStock

ソーシャルメディアはテレビと違って双方向なので、相手に声が届いてしまう。それでも「有名人はたくさんの人に注目されてるんだから、いちいち細かい悪口など気にしないだろう」と捉えてる人は多いかもしれない。しかし、そんなことはない。

文化人類学者のエドワード・ホールが1966年に出した『かくれた次元』(邦訳はみすず書房、1970年)という名著がある。人の空間認識について分析した面白い内容なのだが、後半では人と人の距離の感覚について詳細に論じている。 

ホールは人と人の距離を、密接距離・個体距離・社会距離・公衆距離の四つに分類した。密接距離は恋人が抱き合ってるぐらいの距離個体距離は50センチから1.5メートルぐらいで、手を伸ばせば手が届くぐらいの距離。とても親しい関係の距離だけれど、同時に相手を物理的に支配できる距離でもある。

1.5メートルから3.5メートルぐらいまでの社会距離(ソーシャルディスタンス)は、まさに新型コロナ対策で注目された長さで、相手が喋ってることはわかるし、表情もわかるけれど、手は届かない。プライベートな関係というほどではないけれど、ビジネス的なコミュニケーションには十分な距離だ。物理的な支配からは逃れられやすいが、心理的には影響を受けやすいぐらいの近さである。

公衆距離はさらに遠く、普通の大きさの声は届かず、相手の表情もよくわからない。演説や舞台の演劇を観衆が見守っているぐらいの距離だ。この距離になると、支配されそうになっても逃げられる