6月13日 イギリスの物理学者トマス・ヤング誕生(1773年)

科学 今日はこんな日

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"サイエンス365days" は、あの科学者が生まれた、あの現象が発見された、など科学に関する歴史的な出来事を紹介するコーナーです。

1773年のこの日、イギリスのサマセットにあるミルバートンで物理学者のトマス・ヤング(Thomas Young、1773-1829) が生をうけました。

トマス・ヤングの肖像 photo by Getty Images

彼は幼い頃から理系分野にとどまらない非凡な才能を見せており、10代にはラテン語やギリシア語、ヘブライ語など複数の言語をおさめていました。

また、この頃にはニュートン『プリンシピア』や『光学』などの難解な書物を読みこなしていました。

物理学者として知られるヤングですが、最初はロンドン大学で医学をおさめ、医者としてロンドンで開業します。

その後、1801年からは王立研究所の教授として目の解剖学的・生理学的な研究から光学研究、ひいては物理学へと乗り出していきます。

物理学者としての彼の主な功績としてはクリスティアン・ホイヘンス(Christiaan Huygens、1629-1695)の唱えた光の波動説を復活させたことにあります。

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17世紀の西洋では光の正体をめぐって、ニュートンが唱えた「光は微粒子の流れである」とする「粒子説」とホイヘンスが唱えた「光は波動である」という「波動説」が論争となっていました。

そんな論争から200年後の19世紀、ヤングは「光は波動である」という観点から光の干渉・回折現象を説明したほか、色の違いは光の波長の違いであるということを明らかにしました。

その後、アインシュタインや量子物理学者たちによって「光は粒子であり波動である」ということが明らかになっていますが、彼はそこに至る大きな功績を残したのです。

そのほかにも、ヤングは「エネルギー」という言葉を初めて使用した人物であるほか、現代でも多くの人を悩ませる乱視を発見しています。

 

また、彼は晩年になると古代エジプト学に興味を持ち、エジプトからナポレオンが持ち帰ったロゼッタ・ストーンの解読にも協力しています。

ヒエログリフやギリシア文字が刻まれているロゼッタストーン photo by Getty Images

驚くくらいに多才な人ですね。