コロナの「前」と「後」を比べる私たちに、圧倒的に足りないもの

平安時代に大流行した和歌から学ぶ
佐藤 優 プロフィール

本書の肝は、優れた解釈にある。例えば、〈君が愛せし綾藺笠 落ちにけり落ちにけり 賀茂川に川中に それを求むと尋ぬとせしほどに 明けにけり明けにけり さらさらさやけの秋の夜は〉という歌についてだ。綾藺笠(あやいがさ)とは、武士が狩りや流鏑馬のときに使う藺草を編んで作った笠のことだ。

この歌を現代語に訳すと〈あなたが大事にしていた綾藺笠が落ちてしまった、落ちてしまった、賀茂川に川の中に。それを求めよう尋ねようとしているうちに、明けてしまった、明けてしまった、すがすがしい秋の夜は〉ということになる。

 

植木氏はそれでは満足せず、

大事にしていた笠が賀茂川に落ちてしまい、それを探しているうちに夜が明けてしまったという、一首の表面上の意味をとるのは容易である。しかし、この笠を探したのは誰で、どのような状況にあり、いかなる心情を歌っているのかということになると、実にさまざまな解釈がなされている

と指摘し、先行研究から11の解釈を紹介する。そのうちの3つをここでは引用する。

<塚本邦雄『君が愛せし 鑑賞古典歌謡』みすず書房 一九七七年

従者は苦心惨憺、水中を奔り、岸を駈け、あるいは深みを泳ぎ下り……(中略)……[若殿愛用の綾藺笠を]発見した。全身びしょ濡れで天を仰げば、東の空が薄紅に明るみ、(中略)清らかな響きをたててゐた。……(中略)……河に落ちた笠を、まさか女が、それも徹夜で探しはすまい。主従の関係を考へるのが自然である>
秦恒平『梁塵秘抄』NHKブックス 一九七八年

愛しあっている男と女と、それも若い二人で流れに沿うてさがし求めた秋の一夜の、清々しく澄みきった印象〉