韓国の人々は「自国のコロナ対策」をどう見たか〜それは誇りか、危機感か

金杭 × 平野啓一郎
現代ビジネス編集部

韓国のナショナリズム

平野 さて、とはいえ現状において韓国の対策は世界的に称揚されているわけですが、それで韓国内のナショナリズムが高揚するようなことはあるのでしょうか。

 もちろんあります。私は感心しないんですが、欧米的なパラダイムが衰退している、といった言われ方をすることがあります。シュペングラーの『西洋の没落』じゃないですが、そういった方向性です。僕から見ると「またそういう話をするのか」という既視感があります。粗雑な議論だと思う。

しかし一方で、明確には言えないのですが、そこに出てくるナショナリズムが、これまでのナショナリズムとは少し違った印象で、「韓国すごい」のトーンが今までとは違った形になっている皮膚感覚があります。興味深いと言えば興味深い状況ですが、僕個人はあまり好きではないです。

 

平野 韓国も日本もナショナリズムは頭の痛い問題ですね。韓国の状況は、もう少し詳しく言うとどういうことなんでしょうか。

 世代によって国際社会に対する感受性は大きく違う。たとえば私の世代(金氏は1973年生まれ)では、電子製品や、ほかにも筆記具などは「日本製が一番」とされていた。そういうイメージがあったんです。ウォークマンとかね。もう少し広く言うと、アメリカや日本、ヨーロッパが進んでいるイメージがあった。

しかしいまの若い世代はそういう感覚がない。たとえば携帯電話だとサムスンとアップルが二大巨頭ですし、ほかの電子製品でも韓国のものが優れているという経験をしています。また、ソウルにいても東京にいてもニューヨークにいても、都市としての経験はそれほど変わらない。特色はあるけれど、経験できることに差がない、という感覚を持っている。

若い世代の感受性はこんなふうに急激に変わっている。かつてはデフォルトしてあった「韓国は遅れている」という意識があまりないんですよ。

そうした感受性の基盤の上にコロナ禍があって、彼らは、国家が進歩したIT技術を駆使してうまく機能していることに自負心を感じている――こういう流れになってきていると思います。若い世代に、ナショナルな感覚、国を誇りに思う感覚があるのかな、と僕は思いますね。

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