「とりあえずマスク」ですっかり安心している日本人への違和感

ただの「同調圧力の象徴」になっていないか
青山 潤三 プロフィール

真に考えるべき「ウイルスとの共生」

身も蓋もない言い方をしてしまえば、ある意味では「新型コロナウイルス問題」は「存在しない」とまで、筆者は考えています。

一般的に言って生物(ウイルスは生物ではないという定義もありますが、自然界に存在し自律的に活動する多様な実体、という点では同じ)の種(species)の形成には、100万年以上の時間がかかります。人間社会が認識する「新種」は、「新たに出現した種」というより「新たに見つかった種」と言ったほうが正確でしょう。

中国の奥地で長い間昆虫や植物の調査を続けてきた筆者にとっても、調べれば調べるほど、生物の「種」というのは途方もなく多様で複雑で混沌としていて、捉えようがないものです。例えば同じ種(遺伝的なレベルで同一種)であっても、集団(ときには個体)ごとに、まったく性質が異なることもあるのです。

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「新型コロナウイルス」も、同様だと考えてよいでしょう。自然界に存在していたSARSの無数のタイプの一つが、たまたま人間社会に出てきてしまった。換言すれば、まだ私たちが知らない「無数の新型コロナウイルス」が、この星には現に存在しています。「新型コロナウイルス」は、たしかに人類にとっては大きな脅威でしょうが、あくまで数ある脅威の一つにすぎません。

しかし、知らなくてもよかった「何か」を見てその存在を知ってしまったとき、「見てしまった、知ってしまったからには、対応しなくてはならない」と考えるのが人間の性です。それが人類の脅威となる存在であれば、「排除し、退治せねばならない」ということになります。

命にかかわる「脅威」を広く捉えれば、種々の病気はもとより、交通事故とか自殺も含まれるでしょう。これらの脅威も、ウイルス同様に無数の変数が関わっていて、それぞれに複雑で不可解な要素によって構成されています。新型コロナウイルスをことさらに「脅威」と認識し、それ以外の脅威を疎かにするのは、筋が通っていないように思われます。

ハリウッド映画なら、最後の場面で強大な敵がついに姿を現し、主人公たちは多大な犠牲を払いつつも命からがらそれを退治して、めでたく人類の勝利となるでしょう。しかし相手がウイルスとなるとそうはいかない。「続編」が延々と現れることになるはずです。

それならば、こう考えてみるのはどうでしょうか。「新型ウイルス」は、敵ではない。地震や台風、洪水などと同じく、人類が共存しなければならない「自然現象」の一つであると。