「とりあえずマスク」ですっかり安心している日本人への違和感

ただの「同調圧力の象徴」になっていないか
青山 潤三 プロフィール

「日本人のマスク習慣」の効果?

マスクの着用が全く意味がないとは思いません。飛沫拡散の防止など、一定の効果はあるはずです。かく言う筆者も、人との対面時や密閉空間では、基本的にマスクを着用しています。でも、そうでないところでは着けません。

だって、おかしくないでしょうか。例えば、外に出歩くときは常にマスクを着けているのに、家庭内では着けない人がほとんどでしょう。しかし普通に考えれば、家族の誰かが外で感染者と接触して帰り、マスクを外して過ごせば、ウイルスは家族内で拡散してしまいます。本気で感染を警戒するなら、家庭内でも常にマスクをしたままでないと意味がないはずです。

筆者には、日本人は確たる根拠もないまま、「人にうつすのも人からうつされるのも嫌だし、していないことで後ろ指を指されたくないから」という理由で、なんとなく人前ではマスクを着けるようにし、またそれを当たり前だと思い込んでいるようにしか思えないのです。

 

きちんと「三密」(必要な時以外は、むやみに集まらない、距離を保つ、密閉しない)を守ることを前提に、その上でマスクを着用するならば意味があると思います。でも、緊急事態宣言が解かれてからは、街では普通に飲み食いをしている人もかなり増えているようです。

居酒屋への行きと帰りだけマスクをして、お店の中では何も気にしない、というのでは、意味ある対策とは思えません。「外出するときはマスクを着けてさえいればいい」と、着けるだけで安心してしまい、本来の感染防御が疎かになってしまうとしたら、手段と目的を取り違えているということにならないでしょうか。

いずれにせよ、今のところ日本は、世界の中では新型コロナウイルスの抑制に概ね成功している、と思われているようです。その要因の一つが、マスクの効果であるとも言われています。でも、本当にそうなのかどうかはまだ分かりません。

この新型コロナウイルスの本当の問題点、そしてウイルスに対して人類が採らねばならない姿勢は、もっと違うところにあるのではないか、と筆者には思えてなりません。言葉にするのが難しいのですが、「こういう原因があって、こうなった」というような、単純な因果関係で説明できない現象であるような気がするのです。

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