生物学を学ぶなかで、言葉では表しきれない領域「美学」に関心を持ち文転、研究者として東京工業大学リベラルアーツ研究教育院の准教授を務める伊藤亜紗さん。障害者の視点から“体”をとらえ、NTTと共同でユニークなスポーツ観戦方法を開発。オリンピック、パラリンピックの新しい楽しみ方を紹介している。
既存の価値観を外し違った視点で多角的に世界を見ると、未来社会に求められる新たな価値観が見えてくると伊藤さんは語る。
(「Science Window(サイエンスウィンドウ)」「2019年度 SDGs特集」より)
──東京工業大学はこの2月にリベラルアーツの研究拠点として「未来の人類研究センター」を設立し、伊藤さんがセンター長に就任されました。センターでは何を目指し、どのような研究を行うのでしょうか。
伊藤 今絶対に必要なテーマということで、向こう5年は「利他」を中心に据えています。今までのように、「より早く・強く・高く」という既存の価値観による評価はもう限界を迎えつつあると感じています。
これまでの社会は、人と競い合って弱者を切り捨て、利益を最大限にすることで成り立ってきました。その価値観をいったん外し、違う視点からもう一度人類や社会について考えようというのが、このセンターの目指すところです。世界が抱える問題を考えるときに利他の視点から判断し直せば、違う答えが出てくると思っています。
東工大でもかつては、科学技術の研究を通じて学術の世界で勝つことを目指してきました。しかし実社会では、最先端の技術が必ずしも最良の解決策になるとは限らないのです。
例えば、視覚障害者が使う白杖(はくじょう)はローテクに見えますが、使用者の経験値を反映し300以上のアップデートを経ています。電子化やハイテク化されることは望まれていません。これまでないがしろにされていたものが見直されつつある今、美学のアプローチが役に立つのではないかと考えています。
──今、お話に出た美学について、教えてください。伊藤さんは美学という分野を専門にされています。美学とはどのような学問で、どうして関心を持たれたのですか?