コロナ、暴動に満ちた今こそ「苦しいときの神頼み」の効用を見直そう

神様オンディマンドだから日本は強い

神は存在しないが……

「神は存在するかどうか」ということは、欧米では激しい議論が交わされるテーマである。

例えば「無神論者」は、宗教裁判の時代には異端者同様生きたまま火あぶりにされる対象であった。また、現在でも「無神論者」に対する差別は露骨で、最近米国で暴徒化したデモの大きな原因とされる「黒人(差別)」よりも、就職・昇進などにおいて強い不利益を受けるとされる。

1976年の著書「利己的な遺伝子」で世界中の人々の度肝を抜いた、進化生物学者のリチャード・ドーキンスは、米国の人気アニメ「シンプソンズ」で揶揄されたほど有名な「無神論者」でもある。

彼の「神は妄想である 宗教との決別」(筆者書評)では、もののみごとに神が存在しないことを証明している。

まったくドーキンス氏の述べる通りだが、彼に代表される欧米奈無神論者は、強圧的なキリスト教が典型例である一神教の弾圧を受けてきたため、「ゼロか1か」のやや極論に傾く傾向があるように思える。

私の場合はもう少しマイルドで「(少なくとも多くの宗教が述べるような『人格を持った』)神は存在しない」と思っていても、神社仏閣ではお祈りをする。

むしろ、街を歩いていて時間があれば、積極的に神社仏閣に立ち寄ってお祈りする。特に「苦しい時」には「神頼み」がより強化される。

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日本では「無神論者」に対する差別はほとんどないから、神様、仏様に限らずキリスト様もあがめる緩い態度も全く問題がない。

よく、オールドメディアなどで「諸外国に比べて日本は……」の枕詞で、日本の緩やかな宗教観が批判される。しかし、歴史上の戦争の多くは「宗教的対立」が原因となっている。

2000万人という当時の世界人口から考えればとてつもない数の人々(キリスト教徒も含む)を大虐殺した十字軍や、宗教にとって都合の悪い人々を、言葉に表せないような残虐な拷問の後、生きたまま八つ裂きにしたり、火あぶりにしたのも「宗教の大義」である。

個人の信仰は他人がとやかく言うものではないと思う。しかし、特に正しいことは1つしかないと教える一神教の信者が多数集まった時に厄災が起こる。多神教はましだが、宗教戦争がないわけではない。

 

日本は、「文明開化」の名のもとの欧米化で、明治以降天皇を神格化し一神教のようにしてしまったのが過ちの原因だと思う。古来から続く日本の神道は「八百万の神」という言葉が明確に示す多神教だ。

結局、神様・仏様・キリスト様をすべて取り込んでいく日本の文化は、「多神教 オブ 多神教」とでもいうべきもので、世界に誇るべきものなのだ。