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作家・伊東潤が舌を巻いた、ノンフィクション「リアルの凄み」

「人生最高の10冊」を語る

作品を通して視る、山のリアル

今回は歴史研究本以外のノンフィクション作品に絞り、10冊を選びました。私の場合、とくに近現代小説の題材やヒントを様々なノンフィクションから得てきました。

死に山』はここ数年に出会った中で最も衝撃を受けた本です。'59年、ソ連のウラル山脈で遭難事故が起こります。遭難したのはウラル工科大学の学生9人で、彼らは全員トレッキング第2級の資格を持つベテランでした。

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9人の遺骸が発見されたのは、テントから1キロも離れた場所で、全員衣服をろくに着けておらず、靴も履いていない。そのうち3人は頭蓋骨骨折などの重傷を負い、女性メンバー1人は舌がなかった。さらに遺体の衣服からは異常な濃度の放射線が検出された―。

半世紀近く謎のままにされてきたこの怪事件の解明に一人のアメリカ人が乗り出します。彼は遭難現場まで何度も足を運び、唯一生き残った1人に取材をし、すさまじい執念で、彼らの遭難した原因を自然科学的側面から解明し、一つの結論を導き出すのです。

 

八甲田山遭難事故を題材にした『囚われの山』という小説を書くにあたって読んだのですが、現在と過去の視点を交錯させて謎を解明していくスリリングな展開に引き込まれました。この本から受けたインスピレーションのお蔭で『囚われの山』が書けたようなものです。

同じ理由で読んだ『空へ』はエヴェレストの遭難事件を扱った作品です。厳しい自然の中で人間の肉体と精神がどのような状態に陥るのか、詳しく知ることができました。

ボンベから酸素を吸っていても、低酸素症で幻覚が見えてくる。強風のため体感温度は氷点下50度より下がり、肉体の露出部分は凍りついているのに暑いという矛盾。この本から得たこうした知識は、小説を書くにあたって、たいへん貴重なものとなりました。