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「平成最高の歌姫」沖縄のある少女がエンタメ史を激変させるまで

二人のヒットメーカー【第四回】

2018年9月、多くのファンに惜しまれつつ引退した、平成最高の「歌姫」──。およそ30年前、彼女の才能に打たれた男たちがいた。この出会いこそが、安室奈美恵の人生を、そして日本のエンタメ史を永遠に変えてしまったのだ。

沖縄の熱い日差しの下で、彼らは何を目撃したのか。沖縄アクターズスクール校長・マキノ正幸と、ライジングプロ代表・平哲夫への直接取材で描く「二人のヒットメーカー」。時代はいよいよ激動を始める。(文中敬称略)

 

出会いの瞬間

マキノ正幸は安室奈美恵との出会いについて、自著でこう書いている。

一九八七年のことだった。

〈友達に連れられてきた安室は、当時まだ10歳。ひょろっとして線は細いけれど、顔が小さくて体のバランスが素晴らしかった。最初見たときはスパニッシュ系かと思ったぐらい、彼女の印象は日本人離れしていた。

彼女は、見学に来た他の子供たちがキョロキョロしているのに、1人で2階の事務室に来て、僕の前を行ったり来たりする。かといって何か話かけてくるわけでもないし、僕の方をチラリとも見ない。ニコリともしない。ただ歩いているだけ。

けれども、その動きがドキッとするほどシャープなのだ。そのときすでに、沖縄アクターズスクールを卒業してデビューしている子も何人かいたけれど、その子たちとも全然、身体の使い方が違う。

僕は、まだ名前も知らないその少女に強烈に魅きつけられた。それまでここに来た子供たちとは明らかに違う。ちょっと暗い感じはあったけれど、自分を人に見つめさせる天性を持っている。身体に無駄な肉がついていないし、それでいてギスギスした感じがなく、全身に躍動感がある。

見た瞬間、僕は、もしこの子を逃したら、これ以上才能のある子には、これから何年も出会うことができないだろうという予感がした〉(『才能』)

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マキノが出している二冊の著書『才能』と『沖縄と歌姫』では、安室と出会ったときの情景が少々違う。それをマキノに指摘すると、先に出した『才能』はゴーストライターに任せきりにしたのだと顔をしかめた。