元書店員が本気で選んだ いつも頭から離れない「心に響く新書」

ベスト3は「悪と世間と外国語」

肌身に伝わってくる外国語上達の極意!

1.千野栄一『外国語上達法』(岩波新書、1986年)

チェコ史に没頭し、チェコの景観に魅せられ、三十路を過ぎてからチェコ語独習に挑戦するも挫折していた私(なにしろチェコ語は、名詞と形容詞の格変化バリエーションが豊富なもので!チェコの有名作家カレル・チャペック[Karel Čapek]も、格により[Karla Čapka]カルラ・チャプカに変化するほどです。難しい。)が出会った、外国語学習の本質をつかむ1冊です。

 

著者は、のちに東京外国語大学の名誉教授となった言語学者。それなのになんと、語学が苦手だと語り始めます。「中学では英語でずっこけたし、旧制高校ではドイツ語でえらい苦労をした」、と。(私も大学でドイツ語に泣かされたので、とても親近感を覚えます!)そんな著者だからこそ、外国語上達の極意を親身に伝えてくれます。

本書は新書ですので、ただの学習参考書ではありません。そこはさすが岩波新書。〈外国語を学ぶことの大きな意味〉をじわじわと伝えてくる、ユーモア溢れるエピソードの数々。それが本書の秀でた魅力でもあります。

厳選!千野流、「上達のポイント」

ここに千野流〈上達のポイント〉を厳選して紹介します。ですが、本書の醍醐味は順に最後まで読むことにある、とご承知おきください!

まず大切なのは【忘れることを恐れるな】。(心強い!)そして、【目的と目標】。

外国語学習といえば文法と語彙の習得。語彙は途方もない量です。具体的な目的と目標を定めておくと、それに合った語彙の目安量を本書が教えてくれます。私がチェコ語に一度挫折したのは、目標がぼやけていたからだとココで気付かされました。

まず旅行で通じる会話力を身につける。それから、歴史に関する記事や本を読めるようになる。これが今の私の目標です。本書によれば、この場合はまず千語、それから二千~三千語にステップアップを、とのこと。筋道が見えたので、学習意欲がグンと高まります。

次は、必要な【学習書】と【辞書】。著者いわく、「初歩の語学の教科書なり自習書は、薄くなければならない。」そして、中級者向け学習書にもあてはまる箴言がこちら。

「語学書が理論的にどのように完璧にできていても、面白くなければ終りである。」

(その通り!完全に同意です。)面白い語学書と出会ったエピソードも興味深いです。「最近ソビエトで出たロシア語の初歩の本を見ていたときのことである。「これは魚ですか、鳥ですか」という疑問文があり、一瞬「ロシア人よお前もか」と思った。ところがその横に挿絵がついていて、展覧会で一枚の絵の前に立った見物人が抽象画をさしながら画家に聞いている場面が描かれていたので、思わず笑わされてしまったし、「……ですか、それとも……ですか」という構文を一緒に覚えさせられてしまった。」(「ロシア人よお前もか」!そして、本書が刊行されたときはソビエトなのです!歴史好きの私は本書のこういう所にも胸がキュンとします。)辞書についてもしっかりと良い辞書の条件が書かれていますので、ぜひご参考に。

語学学習の核心、「レアリア」って何?

最後に、大強調したい【レアリア】を。レアリア(英語:realia、独語:Realien、露語:реалии)はラテン語由来の名詞で、辞書の説明は大抵、「実物、実体、専門知識」です。著者の言葉を借りれば、「……英語を母語として話す人なら当然知っていることを、外国語として英語を使う人は知らないものがあるのもまた事実で、レアリアはこういう両者の差を補っていこうとするもの」。得るには、「日頃から学習している外国語の背景を知るようにその外国語を支えている文化の基盤について学ばねばならない」。歴史、文化、社会構造等々……レアリアの量が増すほど、その外国語への理解が深まるということです。

身近なところだと、私はパンが思い浮かびます。日本なら角食パン、フランスならバゲット、ドイツならライ麦パン、イギリスならティンブレッド(山型食パン)、……というように、同じ意味の語に見えても他の文化圏では中身がちがってきます。こういった事が、実際にその文化に触れて初めてわかるレアリアでしょう。その知識があるのと無いのとでは、理解や面白みの幅がだいぶ異なります。私はレアリアという言葉を本書で初めて知りましたが、これが大切だという著者の姿勢にとても共感します。

極意のすべてを、ぜひ本書で。千野流「上達法」を理解した私は今、チェコ語学習に夢中です!