「抜け駆け」は許さない!危機的状況で強化される「コスト意識」とは

自粛警察はいかにして生まれるか
堀川 晃菜 プロフィール

「それは、人間が頭で考えて、納得することによって共感の対象を拡張できるからです※6。同じ学校、同じ会社、県民、国民、最終的には全人類まで“We”の範囲を広げることができる。だから“人類愛”というものがつくれるわけです。

ただ、その力を逆に使えば『同じ人間(私たち)じゃない』と切り離すことになる。それをどっちもやらないのが普通の動物で、認識的に共感を拡張できるのも、またそれを断ち切れるのも人間だけです」

つまり「共感」と「分断」は表裏一体。外に敵をつくって内を固めようとする、政治の常とう手段にもそれを見ることができる。そして突如として身に迫る大きな恐怖は、いとも簡単に “We”の対象を狭めてしまう。

「人間にとって最も大事なのは“安全”です。まず自分や家族を守りたい。平穏で安全が脅かされていないときは、『あの人たちは私たちと違う』という根っこにある感情を『みな同じ人間だ』と理性で覆い隠すことができますが、危機に直面するとWeとTheyの境は如実になります。

さらに『悪いのは私たちではない、奴らだ』という心理がはたらけば、1923年の関東大震災後に起きた朝鮮人に対する迫害や、ルワンダ虐殺(1994年)、スレブレニツァの虐殺(旧ユーゴスラビア、1995年)などの最悪の結果を招いてしまうのです」

ルワンダで虐殺された人々の埋葬地(1999年撮影) Photo by Getty Images

人類は一致団結できないのか

それでも「同じ人間」という共通項だけで全人類にまで共感を拡張できるのならば、今回のような「新興感染症の拡大を阻止する」という共通の利益に目を向けることで、団結することも可能ではないだろうか。

「脅威の存在に加えて、共感を崩す理由となるのが、相手に対する信頼度です。信頼関係がない相手とは、団結はできません。大した危機でなければ、裏切られても大きな痛手を負わずに済みますが、いざというときに裏切られたら損失が計り知れない。

だから、『世界的な危機に対して、全世界で協力しましょう』と言うのは簡単だし、メリットも明らかだけれど、『その中に含まれる他者を信頼できるか?』が最大のネックになります。信頼度は日ごろからの関係性に左右されるのです」

「皆でコロナに立ち向かおう」と言われても(それが正しいことは頭でわかっていても)、他者を信用できなければ、団結するのは難しくなる。もし誰かが抜け駆けをするなら、自分も……そうしないと自分だけが損をするのではないか。

このような欲求が個人レベルで現れた顕著な例が「買い占め」だろう。空っぽになったスーパー商品棚の映像はこれをさらに助長したと指摘されている※7

2020年3月、東京で撮影された空の商品棚 Photo by Getty Images

国と国の間でも同様のことが言えるだろう。経済のグローバル化によって世界はつながり、その仕組みがうまく機能しているうちは、互いに「共通の利益」を求めて協力することができる。しかし、これに伴う「コスト」は必ずしも平等ではなく、どの国がどれだけの負担を強いられるかは状況によっても変わる。

やはり「自国ファースト」を主張し合っている限り、国際協調は難しいように思えるが、打つ手はあるのか。