船上の「江戸っ子1号365型」 Photo by JAMSTEC

下町の中小企業が深海8000mに挑んだ!「江戸っ子1号」のその後

海底観測の国際標準への「挑戦」は続く
「江戸っ子1号」──東京や千葉の中小企業が中心となり、JAMSTECや大学、金融機関などと連携して開発された海底観測装置である。

2013年には、日本海溝の水深約8000mの海域で魚類などの3Dハイビジョンビデオ撮影に成功し、話題になった。

2015年にガラス球の製造を担当する岡本硝子(株)を中心に事業化し、「江戸っ子1号」シリーズの販売を開始。現在、世界で唯一市販されている海底観測装置である。

さらにJAMSTECと岡本硝子は、1年間継続して観測できる「江戸っ子1号365型」と、それを用いた海底環境の観測法を開発。海底資源を開発する際の環境影響評価手法として、国際標準化することを目指している。(海と地球の情報誌「Blue Earth」より作成)

東京・千葉の中小企業が深海を目指す

「これがすべての始まりです」と言って、東京東信用金庫の桂川正巳さんが1枚の書類を出した。

「2009年6月、東京・葛飾区の(株)杉野ゴム化学工業所社長の杉野行雄さんから、うちの技術相談会に提出されたものです。『東大阪の町工場が人工衛星を打ち上げたというニュースを見て、東京下町の町工場でも何か新しいことができないかと話し合い、海底資源発掘用の機械の設計・製作を検討しています。壮大な計画なので、試験や技術面でのアドバイスをお願いしたい』と書かれています。

そこで、東京海洋大学や芝浦工業大学、そしてJAMSTECに相談に行ったのです」

JAMSTECの三輪哲也さんも、当時を知っている1人だ。

「話を聞くと、海底を動き回ることができる遠隔操作型の探査機をつくりたい、しかも世界で最も深いマリアナ海溝の水深1万1000mに行きたい、でもお金がない、と。何を言っているんだろう、と思いましたね」と笑う。

 

「最低限何をやりたいのかと話し合い、タイヤを外し、マニピュレーターを外し、とパーツをそぎ落としていった結果、ガラス球とフレームだけになったのです」

JAMSTECでは1979年、ガラス球にカメラを入れ、自由落下で深海に行って撮影し、おもりを切り離して浮上してくる観測装置を開発していた。

基本デザインは同じだ。これならば、町工場それぞれの技術を持ち寄り、安価に、深海への夢を実現できるのではないか、と期待が膨らんだ。

国産ガラス球の誕生

2011年4月、「江戸っ子1号」プロジェクト推進委員会が発足。同年9月には、JAMSTECの「実用化展開促進プログラム」に採択された。

これは企業などの課題提案をもとに、JAMSTECのシーズ・施設・設備・ノウハウなどを組み合わせた共同開発によって製品化・事業化を目指す制度である。

このプログラムに採択されたことで、JAMSTECとして本格的に「江戸っ子1号」のプロジェクトを支援できるようになった。参加企業も増え、大学の学生たちや、ソニーの技術者、新江ノ島水族館、漁船「源春丸」など支援者の活動にも支えられ、浅海での実験での性能確認も進んでいった。

しかし、大きな問題が発生した。「アメリカの企業にガラス球を注文したのですが、しばらくしてつくれなくなったと断られてしまったのです。困り果て、つてをたどって岡本硝子の社長に相談しました」と桂川さん。

江戸っ子1号のガラス球に盛り込まれた基本技術 Illustration by JAMSTEC

現在は会長である岡本毅(つよし)さんは、「ガラスでなくてもできるものの場合、ほかの材料との価格競争になってしまいます。ガラスの特性を生かし、ガラスでしかできないものは何か、それを探すのが私の役割だと考えています。ガラスは傷がなければ、圧縮する力に対して鋼よりも強いんです。だから、深海用のガラス球をつくれるかと聞かれ、できます、やりましょう、と即答しました」と振り返る。

そうして2012年4月、岡本硝子がプロジェクトに加わった。

江戸っ子1号の開発体制図 Illustration by JAMSTEC

ガラス球の開発を担ったのが、髙橋弘さんだ。

「JAMSTECでアメリカ製とドイツ製のガラス球を見せてもらい、これならばつくれる、と思いました。そして形状や成分を分析し、それぞれの悪い点を改良することで、求められた性能を満たすガラス球をつくることができました」