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# 政治

Twitterの「ダメ出し大喜利」が「ほんとうの問題」を覆い隠すワケ

発言するということについて、考えた

現在のSNS社会では、政治的なことを話題にすることがファッションとなってきた。しかし、これは決して悪いことではなく、むしろチャンスと捉えるべきである――。

『SNSに「書くこと」でどんどんバカになる人たち、その意外な落とし穴』『いま日本の「政治」「芸能界」「テレビ」に起きている「ある異変」の正体』に引き続き、『遅いインターネット』の宇野常寛さんと、『言語化力』の三浦崇宏さんに、今、政治に必要な事は何かを議論していただいた。

政治にも「kamipro」が必要

――SNSで一時的に盛り上がった重要な論点について、持続的に問題を提起していくことについて、どういうことが考えられるかについてですが。

三浦:持続的に問題を提起していく仕掛けとして、一つのアナロジーですが、宇野さんは「kamipro」(プロレスの専門雑誌)って知ってますか?

1990年代から2000年代にかけて、格闘技の世界において「kamipro」は機能してたと思っていて、「週刊プロレス」とか「週刊ゴング」に比べて、圧倒的に部数は少ないんだけれども、業界関係者は全員読んでいて、そこで行われる論評をすごく気にして、それによって団体の舵取りが決まっていって、最終的には「kamipro」の偉い人がPRIDEやK−1の偉い人になって、地獄みたいなことが起きた。

 

そこまでいくと明らかにやりすぎなんですけれども、そういう確かな知性とバランス感覚を持ってる人間がやるエンタメが、結果として健全な議論を関係者に提供するっていう構図を作れないかなってのはちょっと思うんですよね。「kamipro」が必要なんです、政治にも。

宇野:ここで交わされている議論に国会の議論が追いついてないと、ちょっとこれは国会サボってんじゃないかっていうプレッシャーを与えられるものが新聞やテレビの外側に、かつ第二のテレビになってしまったTwitter「ではない」かたちでいると思うんです。

それも、動員数が多いことではなく議論の質が高いことでプレッシャーを与える場が必要なんです。

三浦:まったくおっしゃる通りで、動員に実効性がないってことは、もう何度も何度も歴史が証明してきてしまっている。

ただ、動員力はやはり量だから、量があれば当然質も高まるっていう風に考えると、この昨日、一昨日の動員によって生まれた量を質に転化する回路はあったほうがいいかもしれないですね。動員されたからプレッシャーをかけるっていう構造はやっぱり違うと思います。