「語る」ことをめぐって大きな異変が… photo by iStock
# SNS # 政治 # メディア

いま日本の「政治」「芸能界」「テレビ」に起きている「ある異変」の正体

「語り口」重視から「何を語るか」へ

インターネットが世の中の「速度」を決定的に上げた一方で、その弊害はさまざまな場面で現出している。現代日本では、「語り口」だけが重視されてきたが、これからは「何を語るか」が重要だという。

前回記事『SNSに「書くこと」でどんどんバカになる人たち、その意外な落とし穴』に引き続き、宇野常寛さんが書いた『遅いインターネット』と三浦崇宏さんが書いた『言語化力』の両方に紐づけ、「言葉にすること」をテーマに、お二人にお話を聞いた。

リモートワークで「失われるもの」

――「Twitterではこれがリツイートされやすい」とか、そういうアルゴリズムに沿って発言することが、つまり言葉の最適化が進んでいますが、どう思われますか。

三浦:少し話がズレるかもしれないけれど、アルゴリズムとかルールにしたがって最適化が進むと、リモートワークによって失われるものがあるんだよね。無駄話とか雑談がどんどん減ってるじゃん。「この会議でこの議題を話し合います」みたいな感じで、どんどん対人コミュニケーションの余白と余分な部分がなくなっていってる。

一見すると合理的なんだけど、そこから偶発的な新しいものが生まれる可能性はどんどん減っているよね。今のFacebookの「いいね」ボタンの感情が10個しかないっていうに型にはめられちゃうと「いいね」と「よくないね」の間にある「いいような気がするけどそれを言ってしまったら恥ずかしい。これってどうなんだろう、でもいいねって押そう」みたいな感情を自分の中で感じる機会が減ってくじゃない。

宇野:もしかしたら三浦さんと僕は考え方が違うのかもしれないけど、三浦さんと僕は初対面なのに、さっきたくさん雑談しましたよね?

これは結構大事なことだと思っていて、お互いの仕事に対してリスペクトがあったり、興味があったり、そういったものがあれば、実は初対面のzoomでも雑談は発生するわけなんです。そりゃあ対面のほうが雑談はしやすいけれど、僕はリモートにした途端雑談がなくなってしまうというのは、それ以前の関係性に問題があるんだと思います。

 

――そもそもお互いに興味がない機械的な関係だったということですよね。

宇野:そう。だから僕はリモートワークになることによって「自分たちの普段のコミュニケーションに何が足りないのか」ということを照らし直す良い機会だと思っています。

三浦:まさにその通りだと思って。僕はやっぱり宇野さんのことリスペクトしてるし、著書とか拝見させていただいて宇野さんとお話できる機会をいただいて嬉しいですし、評論家であり『遅いインターネット』の著者という機能じゃなくて、宇野さんという人格に興味があるから雑談が成立すると思うんですよ。

多くの企業の仕事の打ち合わせって、個人が人格ではなくて機能に収斂(しゅうれん)するわけですよね。そうすると、まさに宇野さんが言ったことの裏表で、相手にリスペクトや興味を持ってコミュニケーションできる状況が極めて特殊な状況だったんだな、ということが明らかになった。

お前らみんな興味ないのに、仕方なく金のために打ち合わせしていたんだなっていうのが明明白白になった。資本主義っていうこの構造上、仕方がないことなんだけれども、リモートワークになったからこそ、改めて人間っていうものに興味を持って仕事しないと成長もなくなるし、偶発的ないい成果もなくなるんじゃないのっていうことを懸念している。