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オウムで加速した善悪の二極化、相模原事件の裁判はその延長にある

相模原障害者殺傷事件が僕たちに突きつけたもの【第3回】
映画監督・作家の森達也氏が3月19日、死刑判決直後の植松聖と面会した。2016年、入所中の知的障害者19人が殺害されたあの事件の深層とは何か。相模原事件はオウム事件の延長にある? オウム事件と麻原判決公判の光景から見えてきたこととは――。

第1回はこちら:相模原障害者殺傷事件とは何だったのか?「普通の人」植松聖との会話
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麻原の異常な言動

オウム真理教の教祖だった麻原の一審判決公判が行われた2004年2月27日、僕は東京地裁104号法廷の傍聴席で、目の前の光景に唖然としていた。

刑務官たちに支えられながら被告席に座った麻原は、少し間を置いてから、奇妙な動作を始めた。しかも循環している。同じ動作の反復だ。頭を搔き、唇を尖らせ、何かをもごもごとつぶやいてから口のあたりに手をやり、それからくしゃりと顔全体を歪める。その瞬間の表情は笑顔のようにも見えるし苦悶のようにも見える。順番や間隔は必ずしも規則的ではないし、頭ではなく顎や耳の後ろを搔く場合もあるけれど、基本的にはこれらの動作を、ずっと反復し続けている。これを言葉にすれば常同行動。精神障害を示す典型的な症例のひとつだ。

被告席に座って同じ動作を反復し続ける麻原を見つめながら、「でも演技の可能性は否定できない」と僕は考えていた。今日の判決で、麻原に対して死刑以外の刑罰が言い渡される可能性は万に一つもない。安易に断言することは嫌いだけど、これは断言できる。それは日本国民ほぼすべての総意といっていいだろう。

でもこれを回避するたった一つの方策がある。精神喪失者であると認定されることだ。ならば処刑できない。いやそもそも裁判そのものが(被告人は訴訟能力を失ったとして)中断される。

実のところ麻原の異常な言動は、一審途中から始まっていた。でも多くの識者やジャーナリストも含めてメディアはほぼすべてが、麻原の不規則な発言やその後の沈黙を、「詐病である」「現実逃避している」「弟子たちに責任を押し付けてあまりに卑劣だ」などと激しく批判し続けていた。その代表例を一つあげる。オウムについては最も著名なジャーナリストである江川紹子の文章だ。

そのうち麻原は、一人の弁護人を妻に見立て、「ヤソーダラー、ヤソーダラー(=妻、松本知子)」と呼びながら、腕や胸を触りまくることに熱中し始めた。その弁護人は、困惑した表情を浮かべながらも、触られるにまかせ、証人尋問をサポートする。自分の弟子が苦しみ、悩み抜いているというのに、肝心の教祖の頭の中は、自分の欲求を満たすことでいっぱいのようだ。(『「オウム真理教」裁判傍聴記②』文藝春秋)