鉄炮1挺60万円、軍事費トータル10億円!?戦国大名の懐事情とは

戦国時代「経済」の専門家が解き明かす
川戸 貴史
 

そのほかには、「大鉄炮」15挺や「小筒」1挺といった火器類、それを使用するために必要な焰硝や鉛玉をそれぞれ1000斤(約600キログラム)蓄えるようにとも道雪は命じている。

現代の価値で鉄炮が1挺50万〜60万円程度だったことを参考にすると、1000万円以上の規模の費用はかかっただろう。それに火薬や鉛玉の費用も上乗せされた。鉛は現代では1キログラムでも100円しないようであり、仮に鉛1キログラムを100円とすれば、1000斤は6万円に過ぎない。しかし当時は東南アジアから輸入するほかなかったため、現代に比べてはるかに高くついただろう。後に触れるが、大友氏が貿易活動に躍起になったのは、このような軍事面での要請もあってのことだった。

さらには、兵糧として米1000石の備蓄も道雪は促している。詳しくは後に兵糧調達のところで触れるが、当時の畿内で米1石は銭500文程度だったので、1000石は500貫文となり、現代の価値にして3000万〜3500万円程度になる。

これは多くが年貢によって賄われるため購入していたわけではなかったが、大名家臣クラスにとってはそうとうな負担であったことは間違いない。その他、塩や水、薪や縄などの城内での備蓄も必須と道雪は述べている。これらは多くが領民に賦課して集めていたようである。

加えて、金銀の備蓄も促している。貨幣としての用途のほかに、武具の装飾に充てるためでもあったようだ。道雪は、銀は10貫目蓄えよという。1貫目は1000匁に当たり、これは約37.5キログラムに相当する。当時は銀1匁は銭にすると約200文の価値だったので(後にみる織田信長の撰銭令参照)、銀1貫目は銭200貫文(20万文)、現代の価値にすると1200万〜1400万円程度となる。

以上をまとめると、立花道雪が上記の備蓄にかけた費用は、現代の価値にして少なくとも6000万円程度はかかっており、こまごまとしたものを含めるとおそらくは1億円近くに達しただろう。ただしこれは大名の重臣クラスであり、大名ともなればその規模に応じて数倍から数十倍の費用をかけた備蓄を必須としただろう。

必ずしもこれが毎年の負担となったわけではないが、ひとたび戦争となって消費すれば、再備蓄のために同等の費用を負担することは避けられなかった。

戦争に勝利し、領地拡大(=収入増)が果たされなければ、財政はたちまち危機に陥っただろう。その先に見えるのは、滅亡へと続く道であった

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