鉄炮1挺60万円、軍事費トータル10億円!?戦国大名の懐事情とは

戦国時代「経済」の専門家が解き明かす
川戸 貴史
 

しかし、手がかりとなる史料もまったくないわけではない。天正9(1581)年に、小田原北条氏が配下の池田孫左衛門という人物に課した軍役を記した史料がある(『中世法制史料集』第5巻1013)。それによると、20貫文分の負担として「鉄炮侍」2人分が計上されている。

北条氏では、家来として抱えられた職人衆の日当が50文に設定されていた(『小田原衆所領役帳』)。戦時と平時を同一視することには問題はあるが、ひとまず双方とも同じ賃金だったと仮定すると、2人分の射撃手の1日当たりの手当は100文となる。兵卒の自己負担分は1ヵ月分が相場なので、上記負担も1ヵ月分と仮定すれば、狙撃手の人件費は合計3貫文となる。20貫文から人件費を除けば鉄炮の費用となるので、2挺で17貫文、1挺では8貫500文となる。

現代の価値にすれば、1挺当たり50万〜60万円と見積もられる。別の史料をもとに鉄炮の費用を検討した先行研究でも、おおよそこのあたりの金額が見積もられているので、ひとまずこれくらいとして無理はないだろう。

仮に大名が鉄炮をすべて用意することになった場合はどれくらい支払うことになるのか。数字は諸説あるものの、天正3(1575)年の長篠の合戦で織田信長が少なくとも1000挺の鉄炮を準備したとされているが(『信長公記』)、上記の単価によるならば、その費用は合計8500貫文、現代の価値にして5億〜6億円ということになる。当時の金銭感覚でも破格の費用を要したことは確かである。商人から購入するよりも、製造技術を持つ職人を抱える方がはるかに経費を節減できたはずなので、大名が職人を抱えようとするのは合理的選択だった。

以上を踏まえて兵士1人当たりの装備を見積もると、一式でおよそ10貫文(現在では60万〜70万円)程度、鉄炮を加えると20貫文(130万円前後)程度といったところになりそうである。もっとも、先にも触れた通りこれは基本的に家臣や個々の兵の自弁が原則だった。つまり大名が直接まかなったわけではないが、あくまで軍勢全体の経費として考えれば、1000人の軍勢にすると、現在の価値で数億から10億円程度の経費がかかったことになる。もちろんこれに兵糧が加わるので(兵糧を運ぶのは百姓たちだが、彼らは無償労働が原則だった)、経費はさらに膨らむことになる。

戦争用の備蓄費に1億円

軍備にかけた費用についてもう少し具体的にイメージするために、1つ著名な史料をここで取り上げたい

長篠合戦とほぼ同時期の天正3年5月、大友氏家臣として武勇を奮った戸次鑑連(べつきあきつら 立花道雪)が、後継男子がないためとして「女大名」として知られる娘のぎん千代(ぎんは門構えに言)に家督を譲った。

それを示す証文(譲状)に家財がリストアップされている(「立花文書」)。

ぎん千代の夫(道雪の養嗣子)・立花宗茂(『大日本名家揃』国立国会図書館所蔵)

そこには道雪がぎん千代に譲り渡す刀剣や甲冑、馬具、大友義鎮(宗麟)から与えられた数々の戦功を称える感状(感謝状)などが誇らしく列記されているが、その中に具足30領を無足人のために準備しておくようぎん千代に命じた記述がある。無足人とは所領を持たない者だが、道雪に仕える末端の兵卒だろう。財産を持たない彼らには、領主が具足をつねに準備し、出陣の際に支給することになっていた。

先にみたように具足が現代の価値で1領およそ30万円程度だとすれば、30領で900万円ほどとなる。ちなみに、同じ史料によると具足に加えて兜も備蓄していたようなので、その費用がさらに上乗せされることになっていた。

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