甲冑の武者(相馬野馬追 photo by iStock)

鉄炮1挺60万円、軍事費トータル10億円!?戦国大名の懐事情とは

戦国時代「経済」の専門家が解き明かす
戦争にはお金がつきもの。日本全国が戦に明け暮れていた戦国時代も、それは例外でありませんでした。軍事費を賄えない大名は、滅亡する運命にあったのです。
それでは、当時の刀、防具、鉄炮などの値段はいったいどれほどだったのでしょうか? 戦国時代を「経済」から読み解く川戸貴史氏による現代新書の最新刊『戦国大名の経済学』から、気になる戦国大名の懐事情をご紹介します!
 

武器のおねだん

戦争に必要なのは何よりも人である

それは戦闘員(兵)と、後方での物資運搬(兵站)を担うために動員された非戦闘員(主に百姓)とに分けられる。兵は平時から大名に仕える武士が中心だが、戦時に自ら費用を賄うために彼らには所領が与えられていた。

つまり、武具や食糧は基本的に個々の兵が自前で準備することになっていた。ただし、思わぬ長期戦を強いられた場合には、大名が兵糧を補塡することになった。それを踏まえた上で、当時の末端の経済事情をイメージすべく、兵が備えた武具の当時の価格がいかほどだったかを考えてみよう。

武器でまず必要なのは、刀である。当時の武士は、太刀と打刀の2本を差すのが一般的だった。もちろんその価値は格差があり、著名な刀工が製造したような、権力者の間で贈答品に使われるような美術的価値の高い太刀は、およそ10貫文程度で取引されていた。現在の価値にすると60万〜70万円程度であり、美術品としてのイメージに合う。

「万疋之太刀」(「朝倉孝景条々」)という表現があるように、極端なものになると一万疋(1疋は10文なので、10万文、つまり100貫文)もの価値が与えられるような高級品もあったようだ。現代での600万〜700万円といったところか。

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とはいえ、権力者が好むものでも実際にはさすがにそこまで高くはないのが普通である。天文3(1534)年に毛利元就が朝廷から右馬頭の官職を与えられた際に、それを取り次いだ朝廷の実務官僚へ太刀の代わりに銭を贈っているが、その金額は500文だった(『毛利家文書』270)。現代の価値にすれば3万〜4万円程度か。かなり安いように思えるが、贈答でもこれくらいが相場だった。

一兵卒が使うような実用品になると、この程度かさらに安かっただろう。実際に白兵戦で使われるのは、太刀よりも刀身が短い打刀だったが、太刀よりもさらに廉価であったことは間違いない。数百文から高くても数貫文程度だったと考えられる。現在の価値で数万円もあれば手に入ったと思われる

戦争で必須な武器はほかにもある。野戦では、いきなり鎬を削るような接近戦になることはなく、槍のほかに弓矢、そして鉄炮のような飛び道具を使うのが一般的であった。これらの武器も基本的に個々の兵卒が準備する必要があった。そのうち槍は、「百疋之鑓(槍)」(「朝倉孝景条々」)との表現があるように、槍1本は銭100疋(1貫文)程度とイメージされていた。現在では数万円といったところか。弓矢は自作したと考えられるが、自給がむずかしい金属製品の鏃は、槍のそれと同じくらいの価値で取引されただろう。すなわち数万円ほどか。