ベストセラー科学書の著者が本気で考える「超能力は科学たりうるか」

そして「科学ライティング」とはなにか?
更科 功 プロフィール

たとえば、テーブルの上にカップがあるとする。

「このカップを念力で、10センチメートル動かして見せよう」

そう言って、私はあなたの前で、カップを手でつかむ。そして、手でつかんだまま、カップを10センチメートル動かした。あなたは、一瞬あっけにとられた後、不満そうにこう言うだろう。

「そんなの念力ではないよ。手でつかんで動かしただけだ」

「いや、そうではないんだ。たしかにカップは念力で動いたんだよ。手は、カップが動いたせいで、それにつられて動いただけさ」

「念力で動かした」と言われても…… Photo by Getty Images

もちろん、あなたは納得しないだろう。私の筋肉や皮膚の動きを調べたりすれば、あなたは私に反論できるかもしれない。でも、今は反論を我慢してもらって、見た目の現象だけを考えよう。あなたの目の前で、カップと手が動いた現象だ。

私の言うとおりだとすれば、カップは念力で動いたのだから超常現象である。しかし、手で動かしたのだとすれば、日常的な現象である。

同じ現象を、超常現象と考えることもできれば、日常的な現象と考えることもできるわけだ。

これは、ユリ・ゲラーのケースでも同じである。ユリ・ゲラーの超能力は(バナチェックの言によれば)、すべて奇術で再現できる。つまり、同じ現象を、超能力という超常現象と考えることもできれば、奇術という日常的な現象と考えることもできるわけだ。

これは、科学において、仮説を立てるプロセスそのものだ。一つの現象を説明する仮説は、たくさんある。そういうときに科学では、無理のない単純な仮説を選ぶ。

たとえば、あなたの前で、カップと手が両方動いた場合は、「手でカップを動かした」という無理のない単純な仮説を選ぶのが科学の方法だ。「念力でカップを動かした」という仮説は複雑なので(未知のパワーなどいろいろなことを仮定しなければならないので)選ばないのである。

「科学の方法」が大事!

現在、超常現象が認められることが少ないのは、超常現象が科学的に否定されたからではない。「超常現象とされる現象」を説明する仮説として、「この現象は超常現象である」という仮説が、一番よい仮説ではないからだ。他にもっとよい仮説があるからだ。ほとんどの超常現象は明確に否定されてはいない。それでも多くの科学者が超常現象の存在を支持しないのは、こういうわけだ。

もしも科学に関する文章を書くときには、こういった科学の方法を意識しておくことも必要だろう。

今回、ブルーバックスから、『理系の文章術』を上梓させていただいた。私は以前から、ときどき生物の進化に関する翻訳をしたり、一般書を書かせてもらったりしている。そういう関係もあって、東京大学で「科学技術ライティング論」という講義を受け持つことになった。文章についての講義は初めてだったので、とまどうことも多かったが、何年か続けていくうちに、講義に使った例文などが溜まってきた。この『理系の文章術』は、その講義の内容をもとにして、書かせていただいたものである。

科学に関する文章を書くためには、科学のルールを知らなくてはならない。たんに論理的な文章が書けるだけではなく、プラスアルファが必要だ。そういう思いが本書の骨組みになっている。科学そのものを楽しみながら、文章を書くときの役にも立つ。そんな本になっていればよいのだけれど。

更科功
理系の文章術 今日から役立つ科学ライティング入門
著者:更科 功
講談社ブルーバックス / 定価1000円(税別)
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