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時代劇の「時代」ホントはどういう意味か、ご存じでしたか…?

その幕開けは明治時代にさかのぼる

「旧劇映画」と「新劇映画」

時代劇といえば、『水戸黄門』や『大岡越前』など、江戸時代が舞台となっている場合が多い。悪代官が登場し、作中のヤマ場では、ちゃんばらを行うのが定番の展開だ。

しかし、時代劇の「時代」は、江戸時代を意味するのではなく、もともと「新しい時代を切り開く」という意味だったその所以を探ると、明治時代まで遡る。

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当時、邦画は2種類に分けることができた。一つは海外作品や人気文学作品を扱う「新劇映画」。もう一つは、歌舞伎や講談を題材とする「旧劇映画」だ。新劇映画は洋画の影響を受けて、カメラワークやカット割りなど撮影手法が進化し、映画の社会的な認知が一気に進んだ。

 

一方、旧劇映画は、舞台撮影の手法を変わらず使用していた。音声のない無声映画で、物語の進行や台詞は弁士が映像に合わせて行う。

また、女役を演じるのは、女優ではなく男性の女形だった。新劇映画と技術の差が著しく開いた旧劇映画は、「時代遅れ」「芝居臭すぎる」と批判されていた。

1920年頃、旧劇映画の革新を試みたのが、監督の野村芳亭と脚本家の伊藤大輔だった。野村は松竹蒲田撮影所の所長で、伊藤は時代映画の基礎を作り、「時代劇の父」とも呼ばれた人物だ。

2人は旧劇映画の常例を打ち破っていった。女形でなく女優を積極的に起用し、弁士の利用を避け、文字デザインを工夫して字幕を取り入れた。

かつての旧劇映画は、歌舞伎や講談の物語を舞台演出のまま放映するだけだったが、そこに社会的なテーマや人間描写を盛り込み、視聴者の感情を揺さぶるようになった。旧劇映画は、「新しい時代を切り開く」という意味で「新時代劇」と名付けられ、名称が簡略化し、「時代劇」となった。

今も昔も、時代劇の「お約束」として勧善懲悪は必ず描かれる。いかに同じパターンの中で物語の独自性を出せるか―。時代劇の作り手は、その文化を崩さずに、「新しい」表現を追求している。そういう視点で時代劇を観てみたら、あなたも「新しい」楽しみ方ができるかもしれない。(細)

『週刊現代』2020年6月6日号より