これは日本のスゴさ?ヤバさ?緊急事態に生まれた「電車内の新ルール」

日本を覆った独特の「空気」の記録
堀井 憲一郎 プロフィール

政府は強制しない、民の力を利用する

こういうものには善悪両面があるので、是とも非ともいえない。いいときもあるし、悪いときもある。欧米ではこんなことはやってないと糾弾するのは簡単だが、口で言って変わるような性向ではないから、糾弾にはあまり意味がない。

今回の事態で、お上から(日本政府なり、都道府県の知事なり)の要請が、あくまで「お願い」に留まり、強制力を伴った命令ではなかったのに、それがきちんと守られて浸透していったのは、聞いてる側にそういう準備ができているからだろう。

それも昨日今日に始まったことではない。

前の非常時体制の「とんとんとんからりんと隣組」の時代はもちろん、徳川政府の「五人組」などにわかりやすく現れているように、お上からの強い強制だけではなく、住民同士の「まわりに同調したほうがいい」という動きによって、ふだんの生活が営まれているのである。政府は強制しなくてもいい。その民の力をうまく使えばいいだけだ。

〔PHOTO〕Gettyimages
 

今回の施策がゆるいともいわれるが、見方を変えれば、昔からやられている施政を踏襲しているにすぎない。

言葉にせずにまわりと同調しようという動きは、おそらくものすごく古い昔から行われてきたのだろう。そもそも、この列島じたいの何かと連動してるような気がする。
昔といっても、やはり稲作が始まってからの歴史だろうから長くて数千年だろうが、そういう気質の集団が、この列島のいろんな場面で優位に立ったのではないか。みんなで努力して「まわりと同じことをする」という行動規範は、地形や気象や人口分布などとも関連する地勢的に育まれた気質のようにおもう。

そういう列島的な気質がもとだとすると、今回のことでもそうだが、他国の施策と比較してもあまり意味がない。比較検討は大事だろうが、他国と違ってる点を「劣っている」と捉えても何も進まない。

子供のころよく言われた言葉をおもいだしてしまう。「よそはよそ。うちはうち」。
是非はともかくとして、そこに何かしらの本質があるとおもう。