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志村けんの幼馴染みが初めて明かす「シムラが最後に欲しかったもの」

「ずっと大嫌いだったけど…」

50年近くもの間、子供から大人まで全国民を笑わせてきた志村けん。生涯独身を貫いた男は、人の温もりを求めて続けていた。毎年、志村と正月を共にしてきた一番の友人だけに見せた、知られざる素顔があった。発売中の『週刊現代』が報じている。

私の妻の手料理を喜んだ

「私とは幼馴染みの同級生という間柄なので、世間で知られた芸能人としての志村けんではなく、『シムラ』であり(本名の)『康徳』なんです。それは60年近くたったいまも変わりません。

シムラは忙しいから、正月にしか東村山には帰ってきませんでした。お互い連絡を取るわけではなく、どちらかの家で一緒に酒を飲むんです。

シムラのお母さん(和子さん、'15年、96歳で逝去)が元気なころは、シムラとお母さん、私たち夫婦の4人で、お母さんの手料理をつまんで、箱根駅伝なんかを観ながら、居間でゴロゴロしたりしていました。そういう他愛もない時間がいまにして思うと貴重でしたね。

東京オリンピックの聖火ランナーにも選ばれて、朝ドラの出演も決まってね、そういう時って邪魔してはいけないという気持ちが先に立ってしまうんですよ。だから連絡もあえてしなかったんです」

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そう涙を拭いながら思い出を語るのは、新型コロナウイルスによる肺炎で亡くなった志村けん(享年70)の小中学校の同級生で、60年来の付き合いという角田英光さん(70歳)だ。

毎年、実家に帰省した志村とともに正月を過ごすのを楽しみにしていた角田さんはいまだに「友の死」を受け入れることができないという。