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コロナ後、日本はどうなるか? 地方分散型への転換と「生命」の時代

中心コンセプトはすでにAIが示していた

新型コロナウイルスの感染拡大が収束の兆しを見せ始める中で、「コロナ後」の社会のありようをめぐる議論が活発になってきている。

ここでは、私たちの研究グループが近年行ってきたAIを活用したシミュレーションとの関連も踏まえながら、また「情報から生命へ」という科学の基本コンセプトの変化を意識しながら、「コロナ後の社会」についての新たな展望を考えてみたい。

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都市集中型から地方分散型への転換

多少手前味噌になることをお許しいただければ、今回の新型コロナ問題の発生を見て、私が少々驚いた点がある。

それは、新型コロナを通じて浮かび上がった課題が、私たちの研究グループがここ数年行ってきた、AIを活用した日本社会の未来に関するシミュレーションの内容と大きくつながる内容だったことである。

あたかもAIが今回の新型コロナ・パンデミックや、その後に展望される「アフター・コロナ」の社会を“予言”していたかのような関連がそこに見られたのである。

一言で言えばそれは「都市集中型」から「分散型システム」への転換という点だ。

以前に本欄(「2050年まで日本は持つのか? AIが示す『破綻と存続のシナリオ』)でも紹介したことがあるので簡潔にとどめるが、私たちが行ったAI分析では、日本社会の現在そして未来にとって重要と考えられる約150の社会的要因からなる因果連関モデルを作り、AIを活用して2050年の日本に向けた2万通りのシミュレーションを行った。

その結果は、日本社会の未来の持続可能性にとって、東京一極集中に象徴されるような「都市集中型」か「地方分散型」かという選択がもっとも本質的な分岐であり、しかも後者(地方分散型)のほうが、人口・地域の持続可能性や格差、健康、幸福といった点において優れているという内容だったのである。さらに、都市集中型か地方分散型かに関する後戻りできない分岐が2025年から2027年頃に起こるという結果だった(概要はウェブサイト「AIの活用により、持続可能な日本の未来に向けた政策を提言」を参照))。

 

今回の新型コロナウイルスをめぐる問題が、この「都市集中型か地方分散型か」というテーマと深く関わっていることは言うまでもない。

感染拡大とその災禍が際立って大きいのは、ニューヨーク、ロンドン、マドリード、パリそして東京など、人口の集中度が特に高い数百万人規模の大都市圏である。これらの極端な「都市集中型」地域は、‟3密”が常態化し、環境としても劣化している場合が多く、感染症の拡大が容易に生じやすく、現にそうしたことが起こったのだ。

一方、たとえばドイツにおいて、今回のコロナによる死者数が相対的に少ない点は注目すべき事実であると私は考えている。

これには様々な要因が働いているが、ドイツの場合、国全体が「分散型」システムとしての性格を強くもっており、ベルリンやハンブルクなど人口規模の大きい都市も存在するものの、全体として中小規模の都市や町村が広く散在しており、「多極」的な空間構造となっている。

全体として、今回のコロナ禍は「都市集中型」社会のもたらす脆弱性や危険度の大きさを白日の下にさらしたと言うべきだろう。