1985年「ロッテ・落合博満」が鬼神のごとく打ちまくったあの年

3割6分7厘、52本塁打、打点146
週刊現代 プロフィール

「もっと太りなさいよ」

'82年、落合は1度目の三冠王を獲得する。32本99打点3割2分5厘という成績だった。

ところが、前年のパリーグ本塁打王の門田博光(南海)、ソレイタ(日本ハム)が44本を打っていたこともあり、落合の三冠王を「ラッキー」と評する向きも少なくなかった。そうした外野の声を見返すチャンスを、落合はじっと狙っていた。

そして'84年、転機が訪れる。のちに生涯にわたり師と仰ぐことになる稲尾和久が、ロッテの監督に就任したのだ。西鉄黄金時代のエースとして通算276勝を挙げた「鉄腕」は、野武士軍団の面々と似た、無頼の香りを漂わせる落合をいたく気に入った。

稲尾は、好不調にかかわらず落合を4番から外すことはなく、落合が打席に入ると、ランナーへの盗塁のサインも控えた。

 

この篤い信頼に、落合も全力で応える。

「ベンチで稲尾さんとオチさんはいつも隣に座っていてね。大事な場面で稲尾さんが『おいオチ、そろそろ頼むわ』なんて言うと、オチさんが『わかりました』と立ち上がり、ポーンと一発打って帰ってくる。ドラマのような場面を、何度も目にしました」(前出・愛甲)

稲尾とあわせて、もう一人、落合の打棒爆発に一役買った人物がいる。9つ上の妻、信子だ。

落合は'80年に最初の結婚をするが、わずか1年余りで離婚。'84年の12月に、信子と再婚している。

「結婚してから、オチは夜遊びに行かなくなった。キャンプ中も練習以外はずっと部屋にいた。彼女のおかげで野球に身が入るようになったんでしょう」(元ロッテ・得津高宏)

また、'83年、'84年と本塁打王を逃した落合に対し、信子が漏らした何気ない一言が、打撃に大きな影響をおよぼした。

「あなた、もっと太りなさいよ。門田にソレイタ、ブーマー(阪急)、打てる人はみんな太っているじゃない」

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