医療崩壊が起きたNYで
医療従事者が感じた本音とは

2011年、9.11の1週間後に乳がんが発覚したブロディ-・愛子さん。愛子さんは夫がアメリカ人でアメリカの医療情報をダイレクトに得られていたが、実は在NY日本人の患者の中には言語の壁や日本人独特の遠慮から、十分な医療を受けられずに苦しんでいる人たちがいた。そこで愛子さんが、44年の歴史を持つ乳がん・卵巣がんサポートグループの「SHARE」にかけあい、2013年に日本語プログラムを立ち上げた。これまでがん経験者や治療中のボランティアスタッフとともに、言語の壁による不利益がおこらないよう医療現場につきそったり、悩みを聞いたりと支援をしてきた。

中央のブロディー愛子さんと、SHARE日本語プログラムのメンバー。photo/ブロディー愛子

現在コロナ禍において、医療現場に付き添うことはできなくなっている。しかし、「SHARE」の存在はNYの病院でも知れ渡っており、携帯で診療時の会話に参加するなど、フル回転のサポートをしている。

その活動については別の記事に詳しく取り上げたが、先日、愛子さんの呼びかけでアメリカと日本のがんサバイバーなどがオンラインで情報交換をしたとき、心に引っかかったのは「NYの医療現場の方々の精神的プレッシャー」だった。

それはどういうことなのか。