全世界にパンデミックを引き起こした、新型コロナウイルス。
予断は許されないにせよ、ようやく日本の第一波は収束へ向かってきた。
私はがん経験者として、今回のコロナ禍で多くのがん患者さんたちの声を耳にしていた。
「早く通常の治療が安全な状態で開始されることを願っている」これはがん患者に関わる世界中の人々の共通の思いだ。

もっとも多くの感染者と死亡者がでたニューヨークでも、感染ピークは越えたが、未だにロックダウンは解除されてない。そんな深刻な状況は続くなか、私は、NYに住む日本人がん患者さんたちに思いを巡らせた。NYは日本人の医療弱者が多いと、乳がん経験者であり友人のブロディ-・愛子さん(64歳)から聞いていたからだ。

9.11の1週間後、
NYで乳がんの手術に挑んだ経験

愛子さんは、NYで乳がん・卵巣がんになった日本人をサポートする「SHARE日本語プログラム」の代表をしている。ちなみに「SHARE」は、NYを拠点に44年の実績を持つ、乳がん・卵巣がん患者をサポートする非営利団体だ。

愛子さんは42年前、21歳のときに姉が住むNYに渡り、その後アメリカ人の男性と結婚した。娘も生まれ、仕事も順風満帆だった彼女に乳がんが見つかったのは、45歳のとき。なんということかアメリカ同時多発テロが起こった、9.11のわずか一週間後だった。彼女が通った病院はマンハッタンにあり、テロの影響で長期間通行止めに。乳がん術後のドレーン(術部から染み出る液を体外へ排出するチューブ)をつけ、混乱のなかを自宅のあるブルックリンから地下鉄で通院した経験を持っている。

19年前の同時多発テロの際に、乳がんが発覚した愛子さん。photo/Getty Images

「あのときは本当に不安でした。精神的に参ってしまい、乳房全摘出の術後、病院で失神してしまいました。ただ、病院は医療崩壊が起きなかったの。なぜなら怪我をした人よりも亡くなった方のほうが圧倒的に多かったから。あのときのザワザワした感じは似ているけれど、今は医療現場が大変。今もNYは懸命に闘っている。あのときもNYは立ち上がれたから、今度も必ず立ち上がり、NYを強くしてくれると思うの」