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「西郷隆盛は生きている…」伝説から見えてくる「日本人の精神」

神になった日本人(1)

古来、この国は疫病の流行や天変地異に幾度となく見舞われた。さまざまな「災厄」は人間の側では制御しえない。人びとはそうした災いを、荒々しい怨霊が引き起こす「祟り」と考えたのである。

明治維新の元勲であった西郷隆盛が西南戦争に敗れて自刃したのち、彼の強い霊威が祟りを生むのではないかと恐れられた。いっぽうで、「西郷は生きているのでは」という伝説が巷でささやかれ、根強く語り継がれるようになった。

人々から敬愛を集めた西郷隆盛の死をめぐる物語から見える、日本人の心の奥に潜むものとは?

※本稿は、小松和彦著『神になった日本人』(中公新書ラクレ)の一部を、再編集したものです。

夜空に現れた「西郷星」

明治の世、西郷隆盛(1827〜77)に関する風説が、ある種の現実味をもって、人びとのあいだに広く流布したことがある。今日では「西郷伝説」と呼ばれている一連の現象である。

その口開けは、西南戦争に敗れた西郷が鹿児島城山(しろやま)で自刃した明治10年(1877)9月の前後に現れた「西郷星」であった。それは夜空に出現した大きな赤い星で(実は地球に接近した火星だったのだが)、その星のなかに「軍服姿の西郷が見える」などといった噂が広まったのである。

 

さっそく錦絵や絵入り新聞がこれを取り上げて、噂の拡大に一役買った。それらの絵の多くは、陸軍大将の軍服に身をつつみ、口髭をたくわえた西郷が(西郷が髭面だったという記録はない)、威厳に満ちた態度で星のなかから下界を見下ろしているように描かれていた。

なかでも注目すべきは、結跏(けっか)する西郷から後光が発し、それを人びとが仰ぎ見ているというバリエーションの絵柄があったという事実だ(河原宏『西郷伝説』)。これは普通、神や仏を描くときの絵柄なのである。

梅堂国政画「鹿児島各県西南珍聞 俗称西郷星之図」