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「生命はデジタルでできている!」のはご存じか?

情報処理系としての新しい生命像
ブルーバックスより新刊『生命はデジタルでできている』を上梓した著者・田口善弘氏(中央大学理工学部教授)の特別エッセイ。
一見すると挑発的にも思える同書のタイトルは、いかにして着想されたのか?

物理学を学んだ学生の意外な反応

僕は物理学科の教授だが、研究はバイオインフォマティクスというゲノム科学と情報学の境界の様なことをやっている。

当然、卒研生は分子生物学の知識がなくDNAとRNAの区別も知らない状態で研究室に配属される。そこで、まず、彼らには教科書で分子生物学の基礎を教えることになる。

難しい物理学を勉強した学生だ、分子生物学の勉強など楽勝だと思った。だが、ゼミをやってみて気づいた。学生たちは想定外の場所で躓いた。

「制限酵素がDNAを切断するってどういう意味ですか?」
「DNA鎖を5′→3′の方向に伸長させるってどういう意味ですか?」

確かに物理学では「重りがバネを引っ張って伸ばす」とは言わない。重りに重力が働いた結果として、バネが伸びるのであって、重りがバネを引っ張っているわけではない。

そこで起きているのはただの化学反応なのに、なぜか、ゲノム科学の教科書には頻繁に「○○が╳╳する」という表現が登場する。これでは○○が意志を持って╳╳をしているみたいではないか。

学生の反応をみてこれはまずい、と思った。

 

「○○が╳╳する」という表現は生命科学を学んだ人にはきっと馴染み深い表現なのだろう。生命体には意志があるから「○○が╳╳する」という言い方をする。

口を酸っぱくして進化には方向性はない、と言った言葉の端から「○○という生物は進化によって╳╳という機能を獲得した」という言い方をする。

生物学の教科書には、意志など関係ないはずの分子生物学の世界にまで、「○○が╳╳する」式の表現が満ち溢れている。それは比喩ではあっても現実に起きていることを正しくは表現していない。

「制限酵素がDNAを切断する」という表現は比喩でしかない Illustration by Getty Images

「意志」なく「意味」を付与する方法があった

「そんな偉そうないちゃもんをつけるんなら、物理学で生命を説明してみろよ」

と言われるかもしれない。はい、すいません、物理学にはそんな力はありません。

しかし、やっぱり「○○が╳╳する」式のあたかも○○が意志を持って╳╳するかのような表現はなくさなくてはいけない。

だが、「重りに重力が働いてバネが伸びた」式の説明もできない。なぜなら、物理学は生物学を語れていないので、こういう因果関係をはっきりさせたような説明は無理だ。

困った。これをただ「化学反応です」と表現したのでは分かりにくい。「擬人化を使わず、かつ、無味乾燥な表現を使わずに、しかし、意味を付与する表現方法」は無いものか?