5月26日 甲子園球場にラッキーゾーンが設置(1947年)

科学 今日はこんな日

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"サイエンス365days" は、あの科学者が生まれた、あの現象が発見された、など科学に関する歴史的な出来事を紹介するコーナーです。

1947年のこの日、阪神甲子園球場にラッキーゾーンが設置されました。外野フィールド内に柵を設けることで、フェンスと柵の間に打球が飛び込めばホームランとして扱うことになったのです。

 

そもそも甲子園球場は大正時代、人気を博していた全国中等学校野球大会の観客を収容するために計画された巨大球場でした。十干十二支で最初の組み合わせのため縁起がいいとされる甲子(きのえね)の年、1924(大正13)年の3月に起工、早くも8月に竣工したため、甲子園と呼ばれることになったのです。

こうして完成した甲子園球場のフィールドは広大なもので、日米野球で来日したベーブ・ルースも「too large」と驚いたといいます。それゆえ、極端にホームランが出づらい球場としても知られていました。

甲子園1925年の甲子園球場。ホームベースから最も深い左右中間フェンスまで128mもあったという Photo by Getty Images

戦後、甲子園球場は米軍により接収されていましたが、1947年になってグラウンドとスタンドの接収が解除。プロ野球が開催されるようになりましたが、やはりホームランが出づらい状況は変わらなかったので、シーズン途中に急きょ外野に柵を設置する工事がおこなわれました。

こうして登場したラッキーゾーン(ちなみに和製英語です)は甲子園球場のものが日本で最初の例でした。阪急西宮球場、明治神宮野球場なども追随し、多くの球場では移動しやすい鉄柵でラッキーゾーンを設けるようになったのです。

漫画『キン肉マン』で描かれたラッキーゾーン。プロ野球の試合でフィールド内が押さえられなかったという設定で、このあとホームランボールが超人を直撃する場面が描かれる(ゆでたまご『キン肉マン 8』集英社より)

やがて選手の体格や技術が向上し、球場の大きさも国際規格に準拠するようになってきたことで、次第にラッキーゾーンはその役目を終え、甲子園球場のものは1991年シーズン終了後に撤去されました。

なお、ラッキーゾーンが設置された1947年は戦争のため開催されていなかった春と夏の全国大会(当時は中等学校野球)が復活した年でもあります。

それ以来「高校野球の聖地」となっていた甲子園球場に、また高校生の球音が響く日を待ちたいところです。