釜石シーウェイブスの非公式黙認マスコットキャラクター「なかぴー」。シーウェイブスの試合やラグビーのイベントがあれば、釜石や東京だけでなくどこにでも駆けつける(2017年12月@江戸川陸上競技場 撮影/大友信彦・以下同)

釜石復興を後押しした「掟破りのゆるキャラ」心温まる12年の軌跡

100人超の「中の人」各々の想い
2009年、かつては「鉄とラグビーの町」として全国に名を轟かせた釜石で、もう一度ラグビー人気を復活させようと、1体のゆるキャラが誕生した。あれから11年、町に甚大な被害をもたらした2011年の東日本大震災、2019年のラグビーW杯の招致活動、波瀾万丈とも言える時間が過ぎていくなかで、掟破りな性格を持つゆるキャラと「中の人」たちは、どんな想いで活動を続けてきたのだろうか。
 

非公式「黙認」マスコットキャラクター?

「なんか、いるなあ」

釜石シーウェイブスの試合を見に行った人は、思ったはずだ。

いつもいるんだよな、釜石の試合のときって、あの、ほら、トラの着ぐるみ。いや、そんなふうに呼んじゃいけない。キャラクターさんね。

名前は、「なかぴー」。岩手県釜石市が本拠地の、釜石シーウェイブスRFC(ラグビーフットボールクラブ)のマスコット、“中の人”によると、正確には「非公式黙認マスコットキャラクター」だ。

生みの親は、シーウェイブスのスポンサー中田薬局を経営する中田義仁スポーツファーマシスト。

「シーウェイブスの応援って、コアなファンは多いけど、若い子や子供がもっと来てくれるようになったらいいな」という思いで作った。

シーウェイブスのトライに喜んで駆け回る。この躍動感が「なかぴー」の持ち味だ。2012年のYC&ACセブンスで
シーウェイブスの試合をスタンドから見つめる「なかぴー」(2014年12月@秩父宮ラグビー場)

釜石シーウェイブスは、日本ラグビー史に燦然と輝く金字塔、日本選手権7連覇を達成した新日鉄釜石を母体に、2001年に生まれたクラブチームだ。

単独の企業がチームを所有・運営するのではなく、複数の企業スポンサー、個人サポーターが資金を提供し、さまざまな職場からラグビーをするために集まってくる選手がプレーする。企業スポーツから地域のクラブへという流れに先鞭をつけたチームだった。

だが、新たなチャレンジは困難の連続だった。クラブ化2年目の2002年度は、全国社会人大会出場権をかけた代表決定戦まで進んだが、翌年から成績は下降線を辿り、2005年度にはトップリーグ12チーム(当時)の下に位置する地域リーグ・トップイーストの10チーム中8位まで沈んだ。ファンの関心も停滞していた。試合会場で見かける顔はいつも同じ。高齢化が進んでいた。

何とかしたいな……。シーウェイブスの本拠地・松倉グラウンドに隣接する釜石南高(現・釜石高)ラグビー部のOBで、シーウェイブスの理事会メンバーに加わったばかりの中田はそう思った。

その頃、チーム内で上がったのが、「応援マスコットがいたらいいね」という声だった。ラグビートップリーグの各チームには、応援を盛り上げるマスコットキャラクターがいる。プロ野球など他のスポーツでも人気者は多い。当時は「ゆるキャラ」がブームを迎えていた。

キャラクターがいたら、シーウェイブスの試合でも子供たちが集まってくれるんじゃないか、試合を見に行く楽しみが増えて、会場の雰囲気も変わるんじゃないか……。

だが、個人サポーター頼みのクラブにそんな予算はなかった。そこでキャラクター作成を引き受けたのが中田だった。会社(薬局)の広告としてキャラクターを作り、それを貸し出す形で、シーウェイブスの応援に使ってもらおう。

中田はインターネットのキャラクター製作サイトで、トラのキャラクターを発注した。釜石には虎舞(とらまい)という郷土芸能があり、選手からも「作るならトラ」という意見があがっていた。

子供でもすぐ読めるように、胸には大きくひらがなで「かまいし」と入れた。背番号は55。ゴジラ松井にあやかった……のではなく「GO!GO!」のかけ声だ。その上には、なかぴーと名前を入れ、肩に中田薬局のロゴマークを入れた。「シーウェイブス」の文字やロゴは入れなかった。

「中田が勝手に作ったものにしたほうが都合がいいと思ったんです。正式なチームのキャラクターにすると、誰が管理するのか、どのイベントに行っていいかダメか…いちいち誰かに確認をとらなきゃいけなくなる」(中田)

右が「なかぴー」の生みの親の中田さん(2015年5月、日本地域薬局薬学会セミナーにて)