大迷走する「9月入学」議論、幼児教育政策から見た「3つの悪影響」

「小学0年生」案は愚策の危険性も…
畠山 勝太 プロフィール

幼稚園入園後ろ倒し〜貧困層の論点

現在の議論は、幼稚園が半年後ろ倒しになることよりも、小学校が半年後ろ倒しになることに焦点が当たっているが、この議論は三重の誤りを含んでいる。

まず、報道の中で参照されているノルウェーの論文であるが、報道では小学校の開始を遅らせると所得に負の影響が出る根拠として扱われているが、この論文からは個人が入学を遅らせた場合の影響は論じることができるが、学年全体として入学を遅らせた場合の影響を論じることは難しい。

次に、このノルウェー論文もそうであるし、アメリカの論文でも指摘されているが、小学校の入学年齢を後ろ倒しにすることで、子供たちのメンタルヘルスが大きく改善することが指摘されている。

世界銀行のように経済主眼で考えれば、後ろ倒しは放棄所得が大きく実行すべきではないとなるが、ユニセフのように子供の人権主眼で考えれば、子供の福祉を犠牲にしてまで100万円程度の遺失生涯所得を気にしなければならないのか?とも考えられ、そう簡単に結論が出せる問題ではない。

そして最後に、小学校入学時期の影響に関する論文の多くは、まだ幼児教育が拡充されていない時期のデータを用いたものが大半で、幼児教育就学率が100%に近く、かつ幼稚園入園の時期が連動して動く今の日本の議論には適していない。幼児教育を受け始める時期の変動に基づいてこの点は議論がなされる必要がある。

北村の記事の中でも、ヘックマンの幼児教育研究の時代と現代では、幼児教育を受けられていないという反実仮想の状況が大きく異なっているため、幼児教育の効果の大きさが異なってくる点が指摘されている。この「入園が半年後ろ倒しになることにより、この半年間の間に何が起るのか?」の反実仮想を理解することが重要となる。

ここで重要になるのは、貧困層と富裕層の違いである。

ヘックマンも強調している点は、米国では、黒人の子供の3分の2が一人親家庭で育ち、その大半が親の教育水準も所得水準も低く、育児の貧困が蔓延していて、これに対処する必要があるという点である(私の議論を読むと、ヘックマンを批判しているように映るかもしれないが、私が批判しているのはヘックマンの研究を文脈の違いを無視して御守り的に使用している教育関係者である)。

つまり、育児の貧困に晒されている貧困層の子どもにとっては、幼児教育の始まりが後ろ倒しになると、そうでなかった反実仮想と比べて、それだけ育児の貧困に晒される期間が長くなり、負の影響が出ることが考えられる。

実際に、貧困層向けの幼児教育プログラムの効果を分析した、当時スタンフォード大学の教授だったグループの研究(「Child Care in Poor Communities: Early Learning Effects of Type, Quality, and Stability」「How much is too much? The influence of preschool centers on children's social and cognitive development」)を参照すると、貧困層の子どもに限って言えば、より早い年齢から幼児教育をスタートできると効果が大きいことが理解できる。

確かに、早くから幼児教育を始めても効果が持続しないという結果も報告されているが、その主なメカニズムは、早期スタートの幼児教育の効果が消滅するというよりも、比較的裕福で普通通りに幼児教育を始めた子供達に追いつかれるというものである(「Starting Early: The Benefits of Attending Early Childhood Education Programs at Age 3」)。

どれだけ頑張っても幼い子供が微積分を解いたり、ベンチプレスで100キロ上げたりできないように、成長には上限があることを考えれば、早期スタートの幼児教育の効果が追い付かれるのは自然なことであり、悲観することでもないだろう。

このように、貧困層の子どもにとって幼児教育の始まりが遅くなるのは負の影響があるが、米国の結果は日本にとって妥当だと言えるだろうか?

私は、米国ほどには貧困層にとって幼児教育が遅くなる負の効果はないものの、やはり日本でもこの影響はあると考える。

 

日本は子供の貧困が、米国ほどではないものの先進国の中ではこれが蔓延している国である(拙稿「日本における子供の貧困を人的資本投資、共同親権の側面から考察する」)。加えて、深刻な一人親家庭の貧困問題を抱えているが、教育水準が低い世帯にこれが集中しており、米国と似た構図が存在している(拙稿「“ひとり親世帯”の貧困緩和策――OECD諸国との比較から特徴を捉える」)。

これを考えると、幼稚園入園の半年後ろ倒しは、育児の貧困に直面する子供たちに負の影響がもたらされる危険があり、よい施策だとは考えられない。