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大迷走する「9月入学」議論、幼児教育政策から見た「3つの悪影響」

「小学0年生」案は愚策の危険性も…
本稿を書き上げた先週時点では入学半年後ろ倒し・小学校0年生導入という議論しかまだ出ていなかった。そのため、入学前倒し案については触れていない。たしかに入学試験を考えると9月入学も検討の価値がある方策だが、教育投資の社会経済的な価値を考えると幼児教育の方が高校・大学入試とは比べ物にならないぐらい大きい。新型コロナの第二波・第三波に備えて9月入学案を検討しておくのは重要ではあるが、筆者は現時点での9月入学導入は時期尚早だと考えている。優先されるべき教育政策という考え方についてはこちらの記事をご参照ください(「日本には『教育無償化』が本当に必要なのか? 徹底図解で考える)。

迷走する「9月入学」議論

9月入学の議論が迷走している。

前回の記事(「コロナ危機、アメリカ『3兆円規模の教育政策』に不満が噴出するワケ」)で、米国の教育セクターでは新型コロナの拡大に際して火事場泥棒が発生しており、日本はこれを反面教師にするべきだと書いた。しかし、この議論を見ていると、米国と同程度には火事場泥棒が発生してしまっているようで残念である。

火事場ではないものとして、教育経済学者の中室牧子氏の議論や、当NGO代表である荒木啓史が加わっている教育社会学者の苅谷剛彦氏のグループの議論が挙げられる。

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しかし、火事場泥棒な議論はなおのこと、研究者からの議論でも十分な注意を受けていないのが、幼児教育から見た9月入学のインパクトである。本稿では幼児教育政策もカバーしている私が、9月入学の議論を幼児教育の観点から議論してみたい。

(本稿での議論は、当NGOの元インターンであり、コロンビア大学で修士号を取得し現在ユニセフ・ネパール事務所で幼児教育政策を専門として勤務している北村健二の記事の内容を踏まえるとより理解が深まるので、一読をお勧めしたい。北村は、幼児教育政策は注目を集めづらいこととその理由を記述しているが、9月入学の議論について正にそうなっている点は興味深い)

 

「反実仮想」を理解する

9月入学の議論に入る前に、議論が迷走している一つの原因に言及したい。それは、「反実仮想」である。

教育政策における反実仮想とは、「Aという集団に、Bをしていなければ、Cとなっていた」というものである。この反実仮想のCと実際にBを実施した時のCの差異が政策の効果となる。

教育政策においてランダム化比較対照試験(RCT)がブームなのは、この反実仮想を理想的な形で得られるためにBの効果が理解できるためである。そして、この反実仮想の話は他国の事例を参照するときにも当てはまる。