米軍基地から街に「有害物質」が降り注いでも、手も足も出ない日本

相次ぐ事故で際立つ政府の軟弱ぶり
半田 滋 プロフィール

隠しきれない「住宅地への流出」

この12月の事故についてはうやむやにできても、今年4月にあったPFOSの基地外への流出事故は隠しようがなかった。

4月10日午後4時45分ごろ、普天間基地の格納庫で消火システムが作動し、PFOSを含む泡消火剤が放出された。泡消火剤は雨水を排水する水路から基地外に流出。風にあおられ、おびただしい量の泡が周辺の住宅地に降った。

翌11日午後になって、宜野湾市職員による除去作業の現場を訪れた基地司令官のデイビッド・スティール大佐は「雨が降れば収まるだろう」と人ごとのように発言。結局、米軍は基地外に流出した泡消火剤の回収は行わず、放置されたままとなった。

4月30日付の琉球新報によると、流出事故翌日の11日、複数の川の河口周辺で採取した海水を専門家が分析した結果、PFOSおよびPFOSと同じ有機フッ素化合物のPFOA(ピーフォア)の合計値は1リットルあたり最大255.4ナノグラムで、地下水汚染を判断する米国の暫定指標値40ナノグラムの6倍超だった、という。

この事故では、珍しく沖縄にある防衛、外務、環境3省の出先機関が普天間基地に立ち入った。だが、せっかくの機会だったにもかかわらず、調査は米軍の説明を受けながらの現場確認にとどまり、土壌や水などのサンプル採取はしなかった。

名ばかりの調査で明らかになったのは、米軍に対し、腰が引けている日本政府の軟弱ぶりだけだった。

 

しかも沖縄県や地元の宜野湾市が立ち入り調査を求めていたにもかかわらず、日本政府はこれを無視。抗議を受けて、国、県、宜野湾市の三者があらためて普天間基地の立ち入り調査を行い、ようやくサンプル採取も行った。事故の発生から、実に10日が経過していた。

流出した泡消火剤は約22万7000リットルで、そのうち基地外へ流出したのは約14万3830リットル。基地外への流出分は200リットル入りのドラム缶で719本分にもなることが判明した。

昨年12月の流出事故からわずか5ヵ月後に、前回よりはるかに大規模な事故が起きたわけだ。昨年の流出事故について、前出の青木氏は「米側に対し、再発防止の徹底を強く求めたところでございます」と述べたが、米軍が真剣に受けとめたとは、とうてい思えない。